花ある風景(410)
並木 徹
映画「太平洋の奇蹟」−フォックスと呼ばれた男―
待ちかねた映画「太平洋の奇蹟」−フォックスと呼ばれた男ーを上映の初日に見る(2月11日・府中シネマ)。原作はドン・ジョンーズ著中村定訳『タッポーチョ「敵ながら天晴」大場隊の勇戦512日』(祥伝社・1982年刊)である。昭和19年7月6日サイパン島が玉砕後も「タッポーチョ」山にたてこもり,抗戦をつづけ米軍を悩ました第18連隊の大場栄大尉の実話である。民間人200人の命を助け、米軍と戦うこと512日、昭和20年12月1日、やっと山から下りて降伏する。米軍陣地に行進する生き残った47名の兵隊が歌ったのは「歩兵の歌」であった。思わず涙が出た。「万朶の桜か襟の色 花は吉野に嵐吹く 大和男子と生れなば 散兵線の花と散れ」(1番)。このように悲しい歌とは知らなかった。陸軍士官学校在学中に幾度となく「歩兵の歌」をうたったが涙したことはなかった。
大東亜戦争の時、サイパン島は日本の防波堤であった。守備隊は陸軍部隊3万1千人、海軍部隊6千人。これに対して米軍は6万7千人、これを支援する空母15隻を始め艦船535隻であった。米軍が上陸したのは昭和19年6月15日朝、圧倒的な砲火と兵力で日本軍を攻撃した。形勢我に利あらず、7月6日、第43師団長斎藤義次中将(陸士24期)と中部太平洋艦隊司令長官南雲忠一中将(海兵36期)は洞窟で自決する。米軍兵士は『なぜ戦って死なないのか』と疑問を呈する。この日、日本軍は残存3千人で最後の突撃を敢行玉砕した。大場隊もこの突撃に参加する。大場大尉は死ななかった。味方の戦死者にうずくまり捜索を逃れる。逃避行のさなか両親を殺されて残された赤ん坊を見つけ、その家に目印のキレを残す。あとで米軍に発見され、赤ん坊は保護される。もともと地理の教師で人望のある大場大尉の元に離散した兵隊や民間人が集まる。軍を離れたやくざの1等兵堀内今朝松(唐沢寿明)らとはつかず離れずタッポーチョ山に潜みゲリラ活動を続ける。その神出鬼没ぶりに米軍は大場大尉を”フォックス“と呼ぶようになった。アメリカの海兵隊の中で日本に留学の経験のあるハーマン・ルイス大尉(ショーン・マクゴーウァン)は大場大尉を何とか生かそうと大場大尉と接触する。結局、天羽馬八少将(陸士23期)の降伏命令書により降伏することになった。昭和20年12月1日午前8時、軍装検査を終え、亡くなった戦友のために3発の弔銃を撃ち、日の丸の旗を先頭に山を下る。「ああ勇ましき我が兵科 会心の友よ来たれいざ ともに語らん百日祭 酒盃に色映し」(10番)。
映画最後のシーンはまことに印象的である。看護婦であった青野千恵子(井上真央)が大場大尉に救われた赤ん坊を抱いて大場大尉と海を見つめながら語る。バックに流れるのは宮本笑里がヴァイオリンで奏でる『椰子の実』(作詞・島崎藤村、作曲・大中寅二)。二人の胸中に万感迫る・・・・
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