2010年(平成23年)2月1日号

No.493

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花ある風景(408)

並木 徹

 アドリアンのヴァイオリン演奏を聴く

 
 ヴァイオリニスト、アドリアン・ユストゥスはメキシコを代表する音楽家である。黒沼ユリ子さんの愛弟子でもある。昨年1月18日紀尾井ホールで開かれた「メキシコ音楽祭2010」でもアドリアンのヴァイオリンを聞いている。今回は2度目である(1月13日・紀尾井ホール)。この夜6曲を演奏したのだが彼の良さはヴァイオリンが奏でるどの曲にも花も実もあるだけでなく、血も涙も通っているところである。黒沼さんは「彼のひく曲には演奏する側の歓びがあり、歌がある」と表現する。常日頃「アカデミア・ユリコ・クロヌマ」の生徒たちには「難しい顔をせず、楽しくひきなさい」と教えている。そういう話を聞くと日本人の演奏家たちの多くが難しそうな顔をして演奏しているのに気がつく。「演奏は人なり」かもしれない。演奏者の人柄が如実に音楽に現われる。彼の祖父母はハンガリー人で親族をナチスの強制収容所でなくし、メキシコに亡命、父親は矯正歯科の国際学会委員長。アドリアンは幼少の時から父親からヴァイオリンの手ほどきを受ける。11歳から黒沼さんに師事、その才能を開花させる。

 こ夜のプログラムの初めはH、シェリングの「古典的前奏曲」(ヴァイオリンとピアノのための)。ピアノはラフカエル・ゲーラ。1918年ポーランドで生まれたシェリングはメキシコの亡命、同国の「文化大使」として活躍したヴァイオリニストである。両親は富裕な鉄・材木商。シェリングは子供のころから音楽の才能があり、ヴァイオリンの他、作曲も学ぶ。またソルボンヌで言語学などを勉強し、7ヵ国語をマスター。戦争中その語学を生かして祖国ポーランドのために尽したという。「古典的前奏曲」はシェリング72歳の時の作品。彼の没後、メキシコで開かられるようになった「国際ヘンリック・シェリング・ヴァイオリンコンクール」の第一回金メダル受賞者がアドリアンであった。この作品はまさに「前奏曲」であった。

 後半バガニーニの「カプリス集作品1(無伴奏ヴァイオリンのために)1番、9番、15番、21番、17番、23番、2番と同じくバガニーニの「ラ・カンパネラ」を演奏した。まさに“歌う弦楽奏者”であった。ヴァイオリンの弦のすべてを使って演奏する。圧倒された。バガニーニ自身天才であった。すでに9歳の時自作の「カンパネラの変奏曲」を演奏。フランス革命の余波を受けて牢獄に入れられた際,愛器の弦が湿気で腐って1本になった。その1本で幽玄な調べを紡いだという。その逸話を知ってか知らずかアドリアンはバガニーニが作品に託したエスプリ、ユーモア,詩情、情熱を巧みに表情豊かに演奏した。またの来日を願わざるをえなかった。