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「国を守る」意識を持て
牧念人 悠々
少なからずの日本人は「今、国民の意識を改革しなければ日本が滅亡するのではないか」という危機感を持つ。混迷する政治、リーダーシップなき総理、目先の利益に走る企業、自己中心・利己的な若者、いじめ・幼児虐待、老人の行方不明者の激増などの世情・世相を見る時、その感を深くする。4日の菅直人首相の「年頭所感」もむなしく響く。歴史家ジョバンニ・ポテロは「偉大な国家を滅ぼすものは決して外因的な要因ではない。それは何よりも人間の心の中、そしてその反映である社会の風潮によって滅びる」といった。日本はまさにその危機線上にある。とすれば、日本人の心を変える努力をしなければならない。
昭和20年8月16日,特攻の生みの親,大西滝次郎海軍中将は「特攻隊の英霊に申す」の中に次代の一般青壮年にも遺書を残して割腹自決をした。
「特攻隊の英霊に申す。善く戦ひたり。陳謝す。最後の勝利を信じつつ肉弾として散華せり。然れどもその信念は遂に達成し得ざるに至れり。吾死をもって旧部下の英霊とその遺族に謝せんとす。次に一般青壮年に告ぐ 我が死にして、軽率は利敵行為なるを思ひ聖旨に副ひ奉り,自重忍苦するの誠ともなれば幸なり。隠忍するとも日本人たる矜持を失うなかれ.諸氏は国の宝なり。平時に処し猶お克く特攻精神を堅持し、日本民族の福祉と世界人類の和平のために最善を尽くせ」
大西中将は後世の人たちに「日本人の矜持を失うな」と望んだ。「先輩たちはこのようにして戦ったのだ」と後世の若者たちが記憶する限り日本民族は滅びないというのが大西中将の気持ちであったのであろう。戦後「特攻」は無駄であった、犬死であったという批判を聞く。そうであったのか事実で反論する。評論家・西部邁さんの体験談である。1978年(昭和53年)カリフォルニアのバークレー大学のキャンパスでの出来事。前夜放映された日米合作セミ・ドキュメンタリー映画「ミッドウエイ」を見たアメリカの青年たちが次々と近づいてきて「カミカゼに感動した」と言う。さらに[ああいうふうに国のために死んでみせると言う青年たちが何千人もいたそうじゃないか。そういう国民だからこのように立ち直った。いまアメリカの青年はアメリカのために死んでみせるという人間はいなくなった。はっきり分かった。これが自分たちアメリカと日本の間の経済的な力の差となって表れているんだ]と言ったそうである。今、日本が当時のアメリカと同じような状況になっている。当時アメリカはカーター政権。ベトナム戦争の後遺症で混迷をしていた。日本が経済的に低成長に苦吟しているのも日本人の意識の中に「国を守る」という意識が希薄なっていることと無縁ではない。戦後66年、平和に慣れすぎた。その意識を変えるのは容易ではない。だが日本の自滅を待つわけにはゆかない。出来ることからやってゆくほかない。
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