シャンソン歌手・越路吹雪が亡くなって30年になる(昭和55年11月死去・享年56歳)。その写真回顧展を東京銀座のキャノンギャラリーで見る(10月15日)。撮影者は松本徳彦さん(1936年生まれ・日大芸術学部出身)。展示された写真は33枚。偶然であろうが、33はチリ炭鉱事故以来今や奇跡と神秘の数字と言われる。うち20枚はマイクを握った舞台での越路吹雪を写したもの。1枚だけ和服姿のものがあった。会場の真正面に飾られた横長の写真は右手にマイク、左手は軽く握って瞑目、歌唱する黒衣装の越路吹雪であった。単に迫力があると言うより真摯な美を追求する力を感じた。しばらくそこにたたずむ。ほかに麻雀を楽しむ写真、愛犬パンちゃんとのもの、夫・内藤さんと一緒のもの等の写真に交じって49歳の誕生日(昭和50年2月18日)に写した写真があった.三段の大きな誕生日ケーキと並んでにこやかな表情の越路吹雪が写っていた。
越路吹雪が舞台に上がる前に緊張からタバコをよく吸い,コーヒーをよく飲んだと聞いた。社長業は挨拶がつきものである。私は文章を書くのは苦労しないが話すのは苦手である。だから話す前は極度に緊張する。タバコを吸えない私はコーヒーを何杯も飲んだ。名歌手越路吹雪でも緊張するのだからと自分に言い聞かせたものである。それでも話がうまくいくことは少なかった。
たった一回だけシャンソン好きの友人に誘われて日生劇場に彼女の歌を聴きに行ったことがある。このころ春と秋の日生劇場でロングラン公演をしていた(昭和44年から昭和55年まで)。友人は彼女が歌う「愛の賛歌」「ろくでなし」「ラストダンスは私に」「サン・トワ・マミー」など何でも好きだと言っていた。その友人も5年前に死んでしまった。私は『紅白歌合戦』で彼女の歌を聴き、私の郷里である長野県の女学校にいた事があると聞いて何となく好きになった。写真展の会場には彼女の歌が流れていた。確かにうまいと思う。彼女の歌は私の琴線をとらえたのだ。
(柳 路夫) |