花ある風景(383)
並木 徹
前進座の「切られお富」を見る
黙阿弥原作・小池章太郎補綴・中橋耕史演出「切られお富」(処女翫浮名横櫛・むすめごのみうきなのよこぐし)を見る(5月18日・国立劇場・22日まで上演)。なんとなくうっとうしい昨今、劇場の一隅でお芝居をのんびり見るのも悪くない。切られのお富は河原崎国太郎。うまい役者である。25年前前進座で演じた出し物である。蝙蝠安蔵に藤川矢之輔、この人は達者な役者である。芸に余裕がある。とことんお富にほれる役柄である。お富の恋人役は七代目を襲名したばかりの嵐広也改め嵐芳三郎である。悪者のドン赤間源左衛門を中村梅之助である。その風格は他を圧する。
第一幕―お富は絹問屋を営む赤間源左衛門に囲われている。お富にほれ込んでいる手代の安蔵とみる杭の松にさらわれ、手篭めにされようとしたところを浪人者に救われる。その浪人はかって木更津の乗合舟の中で知合い、一夜の契りを結んだ男であった。お富は片時も忘れたことのなかった証として小柄で左の小指を切る。なるほど証とはこのようなものかと思う。
「普天間基地の移設問題は必ず5月に決着する」と明言しておきながらその約束を守らない男は国民にどのようにしてその証を見せるのか大いに期待する。お富さんのつめの垢でも飲んで覚悟を決めたらいかがですか・・・
お富が自宅に戻ると、みる杭の松(津川恵一)が簪と小柄と、誓いに切ったお富の指を持って源左衛門をゆすっていた。源左衛門はみる杭の松を切りつけ、お富を切りさいなむ。源左衛門は稀代の盗賊であった。お富は川に捨てられるところを夫婦になることで安蔵に命を助けられる。
お富役の国太郎は12年前に先代を継いだが、このとき先代の河原崎権十郎から「血がつながっているから襲名するのじゃない、その芸を受け継いで初めて襲名といえる」といわれたという。今回が先代の芸を受け継ぐ第一回目である。第二幕でその芸の一端を見事に果たしたと私は思う。お富は恋人の与三郎が主家の宝刀・北斗丸を道具屋から買い戻すために必要な200両のお金を今は女郎屋の赤間屋を営んでいる源左衛門を安蔵とともにゆするシーンと安蔵を殺す場面はクライマックスである。お富が安蔵に止めを刺して「私もあとを追う」とつぶやくその所作は悲しみあふれていた。「美しくも危険な香りのする女の魅力」と演出の中橋耕史は言うがそれは死を迎えざるを得ない。だから演劇ファンは感動する。それにしても人の世は、事に当たって責任を取らないやからが増えたからつまらなくなった。
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