花ある風景(378)
並木 徹
久保田万太郎のお芝居を見る
久保田万太郎は慶応の学生時代の明治45年4月、有楽座で戯曲「暮れがた」を専属劇団「土曜劇場」によって上演する。時に万太郎23歳であった。そのあと矢継ぎ早に作品を上演する。大正2年の作品「水のおもて」(大正2年3月、三田文学に発表)と昭和2年の作「灯下」(昭和2年4月「中央公論」に発表)を大場正昭演出でみつわ会が上演するというので出かけた(3月12日東京・品川・六行会ホール)。久保田万太郎は俳句で近づいた。「その場に最もふさわしい俳句は一句しかない」とのたもうたと聞いて、気がかりな人物の一人となった。
「水のおもて」。時は11月30日午後3時ごろ。不景気のさなか鼈甲小間物の老舗「ふぢ由」(主人由次郎=冷泉公裕)を舞台に日常の平凡なお店の出来事が繰り広げられる。付近の老舗の倒産話、勘定取りの来店、下職の妻(小林亜紀子)の借金の嘆願、娘(おこう=安藤瞳)のお芝居見物などなど・・・そこに店の若い者が店のか集金したお金を持って失踪する騒動が起きる。この老舗も不景気のあおりを食って内実は赤字経営のようだが主人は顔を出さず淡々と応対する。借金に来た下職の親子ずれの子供(久保田真琴)にお菓子を手渡すさりげない所作に人情を感じる。最後は火事でしめる。主人は「すべて明日のことにしよう」という。番頭さん(安藤=伊和井康介)は若いものに戸の締まりを命じる。明日になればまたよいことも起きる。庶民の暮らしとはこうゆうものである。
「灯下」。 登場人物 4人。場所 浅草今戸付近。時
大正8,9年、春の宵。捨て子を育てる左官屋の親方(権七=菅野菜保之)と女房(おみね=大原真理子)、それに弟子の左官職人(市蔵=豊田茂)が登場する。親方が外出中に訪ねてきた弟子の左官職人と女房の会話が続く。その会話の中で女房は親方が病も手伝って酒に酔い、子供(太吉=黒濱優至)が捨て子であることをしゃべり、情けを知れと怒鳴った話をする。それでも親方は子煩悩でその子を可愛がる。子どもも呼ばれるとそばに行く。呼ばれないと一人でいつまでもぼんやり・・・・。弟子の左官職人は自分も3歳の時父親を失い、今の父親が義父と知った時には気持ちがおかしくなったという。だから子供には良く合点が行くように説明したほうが良いと忠告する。外出先から帰宅した親方は子どもに買ってきた独楽を回して見せる。弟子が帰った後の親方の子供にいうセリフ。「お前も今にああいういい男になるんだぞ。…ええ・・・なってくれるなァ」。哀願に近い。親の愛情がしみ込んでいる。舞台には今失いかけているしみじみとした人情が残されいている。落ち着いた良い舞台であった。心が和んだ。
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