安全地帯(273)
−信濃 太郎−
中村勘三郎のシネマ歌舞伎「法界坊」に感あり
中村勘三郎主演・櫛田和美演出・美術・シネマ歌舞伎「法界坊」を見る(1月17日・東劇)。「色と欲のためならば悪知恵がさえ、饒舌がとまらない」という法界坊が喜劇仕立てに描かれている。舞台では終始、勘三郎一人が暴れまわっている感がする。その悪さぶりは今の世の中とあまり変わらない。喜劇として観たほうが気が楽なのかもしれない。
舞台は永楽屋、権左衛門の娘・お組に関心を持つ男たちが登場、さまざまなドラマを繰り広げる。いつの世も美人は持てる。それがまた災いをもたらし、災いを広げる。果てはあの世から亡霊となって幸せものに恨みを述べる。恐ろしい芝居でもある。
法界坊もお組にほれる一人である。浅草竜泉寺の釣鐘建立の勧進をしては、集めた金を遊興に使う生草坊主である。さらに武士になるのを夢見て、お家騒動から行方がわからなくなった京の公家・吉田家の重宝「鯉魚の一軸」を探索し、「鯉魚一軸」を「釣鐘の幟」と取り替える。吉田家の若殿が宿位之助若松で、今は永楽屋の手代・要助としてお組と恋仲になっている。若松には許嫁・野分姫がいる。色男はまことに浮気者である。
2幕目、三囲土手場では法界坊が権左衛門に「お組を嫁にくれ」と迫り、権左衛門を殺害、さらに一緒にいた野分姫も殺す。法界坊は駆けつけた吉田家の忠臣・甚三郎の策にはまって自分が掘った穴に落ちてしまう。「穴より出て穴に入るまで穴の世話。あな恐ろしき穴の世の中」人生哲学である。あなかしこ・・・
要助とお組は忍売りに身をやつして隅田川の渡し場に向かうが、二人の仲を恨む野分姫の亡霊がその行く手を阻む。穴から出てきた法界坊を切り捨てた甚三郎が法界坊から奪った「鯉魚の一軸」を開くと、その霊力で亡霊が退散する。さらに野分姫の亡霊と法界坊亡霊が合体して甚三郎の行く手を阻む。
大喜利「隅田川の場」「双面水照月」(ふたおもてみずにてるつき)の舞踊劇は圧巻。豪華絢爛である。一人の娘の姿の中に法界坊と野分姫の二つの怨霊が並存、恨みを述べる。怨霊はお組と要助を苦しめる。人は一人で生きているわけではない、多くの人に支えられている。これを忘れて自分たちだけの恋を成就しようとしても恨みを買うだけである。仏を信仰し感謝をささげなければならない。やっとのことで怨霊を鎮めた「観世音菩薩の尊像」と「鯉魚の一軸」がそのことを示している。人間には「悪人」と「嫉妬」の心が常に潜んでいるということか。あな恐ろしや・・・・
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