2009年(平成21年)12月10日号

No.452

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安全地帯(269)

信濃 太郎

大正時代は活気に満ちた時代であった(大正精神史・総括)
 

 大正時代を総括する。明治は「勃興」・「希望」、昭和は「敗戦」・「繁栄」、大正は「沈滞」と言われる。こんな不当な評価はない。活気に満ち満ちた時代、「活気」、「前進」と表現できる。次なる時代へ「光」と「影」を残した時代でもあった。
 「元始、女性は太陽であった」と平塚らいてうが歌いあげたのは明治44年発刊の「青踏」であった。生活の中での女権の確立を目指して戦ったのは大正時代であった。劣悪な労働条件を跳ね返そうと、女工たちのストも頻発した。川崎富士紡績工場では首切り問題に端を発して大正14年11月、10日間にわたって争議が発生、市内のデモの先頭にたったのは女性たちであった。大阪では女給同盟もでき(大正11年4月)、婦人問題に関する演説会を開き、メーデー(第7回・大正15年)にも参加する。普選運動では市川房枝、新妻イト、金子詩しげりは大正13年「婦人参政権獲得期成同盟」を結成して女性の政治参加を求めた。米騒動は浜を守るおかみさんたちの自然的一揆であった。女性たちの俳句熱も盛んになり、幾多の女性俳人を生んだ。
 “美貌の歌人”と歌われた柳原白蓮が愛人宮崎竜介のもとへ走ったのは大正10年10月半ばのことである。時に白蓮37歳、竜介25歳であった。白蓮の夫は炭坑夫から一代で巨万の富を築いた伊藤伝在衛門。夫への絶縁状「私は人間の真実に生きるために女性の人格を無視するあなたと永久に決別いたします」を新聞各社に送ったというからすごい。二人の馴れ初めは竜介が雑誌「解放」の編集部員として「解放」に掲載された白蓮の詩劇の上演と出版の交渉に来たことに始まる。当時の心境をうたった白蓮の歌「われは知る強き百千の恋ゆえに 百千の敵は嬉しきものを」。「源氏物語」の時代より男と女の間は千差万別でその恋の在り方は他からうかがい知れぬものようである。
 この時代「姦通罪」があった。富と名を捨てた白蓮の恋には罵りの言葉が投げつけられた。1ヶ月後に夫との離婚が成立した。二人の生活は苦しかったが白蓮は幸せであったという。大正15年5月号の雑誌「女性」に白蓮は「私は青春の日を知らない」という一文を寄せる。そこには「女はみんな大人になれば男のお嫁さんにならねばならぬもの、そんな恐ろしいいやなことは、もう私らの大人になるころにはすつかりやめになればよい」という痛切な女の思いが書かれている。白蓮は昭和42年2月22日、81歳で死去する。
 このころの新聞は護憲運動にも普選運動に積極的に参加して発言して世論を盛り上げて倒閣にも一役買っている。松崎天民が雑誌「新日本」(大正4年11月号)に「大正初期には『憲政擁護』という言葉ができて、人間の尾崎行雄と、人間の犬養毅とが『憲政神様』に祭り上げられた。政治に熱狂する野卑馬の産物が、その憲政何とかであった」と書き「政治上の問題を民衆の力によって左右するような傾向を生じたのは大正に入ってからの著しい現象である」と言っている。軍閥の序曲は大正元年12月から始まる。第二次西園寺公望内閣の時、陸軍からの2師団増設にからんで陸軍大臣上原勇作が大正天皇に直接辞表を提出という異例の行動に出た。西園寺首相は陸軍の大御所、伊藤博文に後任の陸相の推薦を頼んだが伊藤博文はこれを拒否した。このため、西園寺内閣は総辞職の擧に出た。後任の首相がなかなか決まらずもめた末、やっと第3次桂太郎内閣ができた。昭和になって陸軍が内閣の大臣選任に異議を唱えるため「陸相出さず」という手を使うのはこの前例があるからである。第一次世界大戦で日本の資本主義もやっと緒に就いた。その市場を主に中国に求めた。満州国建設も国力を発展させようとする日本の苦肉の策であった。増える人口のはけ口として米国、ブラジル、中米に求めた。1857年ペルー艦隊が日本に来航、通商を求め、日本が鎖国を止め、開国してから日本の国力が増し国勢が発展してゆく過程で他国と多くのトラブルを起こすのは自然の理と言えよう。大正時代にはすでに〔影〕の部分を色濃く残したといえよう。識者の中には日米戦争の勃発を危惧する者も少なくなった。国の発展は誰にも止められない。経済は市場を探し、資源を求める。国力は外へ向かう。それに軍事も伴う。時代の激流が爆発するのは昭和に入ってからである。大正時代にその芽を多分に持っていた。大正デモクラシーは民衆に自由、自律、権利の獲得を目指させたが、国の暴走を留めるには十分成熟していなかった。成熟していたとしても時代の勢いは戦争へと駆り立てように思える。