2009年(平成21年)6月1日号

No.433

銀座一丁目新聞

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花ある風景(348)

並木 徹

井上ひさしの「きらめく星座」を見る

 井上ひさし作・栗山民也演出・こまつ座・ホリプロ公演「きらめく星座」を見る(5月24日・天王洲「銀河劇場」)。久しぶりに戦前の流行歌の数々を聞いた。時代は昭和15年の晩秋から昭和16年の冬の始まりまでである。私が15歳から16歳の中学生のときである。大連にいたから内地ほど戦争の影は色濃くなっていなかった。軍国少年だった私は翌昭和17年夏陸軍士官学校を受験、パスした。大連の中学校からは10名が合格した。
 昭和18年4月陸士に入学、流行歌とは無縁の生活を送る。その意味からすると井上さんとは反対の立場にいる。それでも井上さんのお芝居には引き込まれる。それは懸命に生きる人間の姿を、その群像を井上さんの言葉で、巧みに表現しているからであろう。ハタと気がついた「きらめく星座」とは舞台で懸命に演ずる人々であり、それを熱心に見る人々ではないか。
◎登場人物
 小笠原信吉(久保酎吉)、その妻 ふじ(愛華みれ)、長男 正一(阿部力)、長女 みさを(前田亜季)、その夫 源次郎(相島一之)、竹田慶介(木場勝己)、憲兵伍長権藤三郎 八十田勇一)、森本忠夫(後藤浩明)、防共護国団員甲 古川龍太)、同乙(阿川雄輔)、傳歩配達の若者(古川龍太)、その友人・魚屋の店員(阿川雄輔)
 浅草にある小さな小さなレコード店「オデオン堂」に大事件が起きる。陸軍に入隊していた正一が脱走したからである。正一は音楽学校を中退して市川国府台野戦銃砲隊第三旅団砲兵の一等兵であった。演習中に脱走した。体を鍛えるため剣道や柔道に励んだが、野戦砲の音に耐えかねたのである。陸士でも脱走はあった。昭和20年春、「日本は負ける」と言って同期生の一人が脱走してすぐ捕まり、退校処分になった。演習も仮病を使ってよくさぼっていた。私の想像を超えた男であった。オデオン座に憲兵伍長が乗り込んでくる。
 長女のみさをは慰問文が縁で傷痍軍人高杉源次郎と結ばれる。広告文案家の竹田が社長からモカコーヒーをいただいてくる。みんなで「一杯のコーヒーから」で盛り上がる。源次郎は軍人勅諭「一つ軍人は礼儀を正しくすべし」「一つ軍人は信義を重んずるべし」戦陣訓「忠誠の士は又必ず純情の孝子なり」を持ち出して皆さんは軟弱だと言う。それをふじがやんわりといなす。いまでこそコーヒー党でキリマンジャロが好きだが、この頃、私のいた寄宿舎では毎日曜日お汁粉を作ってみんなでおいしくいただいた。
 流行歌を歌うみんなを軟弱だと言った源次郎も銚子のイワシ工場から姿を消した正一の行く方を権藤憲兵伍長から聞かれて惻隠の情を発揮してかばう。軍人精神に凝り固まっていた男も家族の絆に勝てなかった。正一も源次郎もふとしたことから「大日本帝国の道義」に疑問を持つ。上海行き定期航路に潜り込んでいた正一は乗客はぼろもうけをたくらむ一旗組、軍部とのコネを持つ山師などが大半と知る。源次郎は中佐と工場主の電車の中の会話から戦争でぼろもうけする工場主の本音を知る。
 武田はいう。「今、誰からか『人間』という商品の広告文をたのまれたら、どんな広告文を書けばよいのか」それは「人間は奇跡そのものです」という。「きらめく星座」は光をきらめかせながら「地球は奇跡だピカピカ、人間はピカピカの奇蹟そのものだ」と我々に語りかけている。
 昭和16年12月8日の前夜、赤紙が来て明日入営する電報配達の若者と魚屋の店員にふじが「青空」を歌う。「・・・・今宵もまた見る 楽しい夢を/藍の光に赤く燃えて/明日も青空 うれしや青空」。どうでしょう、あなたなら「人間」の広告文をどのように書きますか。