靖国神社の宮司、南部利昭さんの急死は期待が大きかっただけに残念である。1月5日朝、同台経済懇話会の90人の会員と共に昇殿参拝する前に南部さんから新年の挨拶を受けた。お元気であった。「例年より初詣客が多く、若い人々の姿が目立ちました。昨年は能楽堂の改装をしましたが今年は相撲場の整備などをし、神社のよりよい環境づくりを致します」と話された。それから2日後に訃報を聞くとは人の世は無情である。73歳は若すぎる。9代目宮司としてこれからやりたいことがたくさんあった。
新年に神社社頭に掲示された明治天皇の御製は
「国民と おなじこころに
いはふかな わが日の本の
年のはじめを」
である。南部さんは今年こそは決意するものがあったはずである。その心中を察するにあまりある。平成16年9月、神職の経験のない異色の経歴の持ち主の宮司として就任した。その起居動作・発言は明快であった。就任間もなくして新聞記者に次のように答えている。「中国が求めているA級戦犯の分祀はありえない。他の神社で祭神が気にいらないから変えてくれと言えないはずだ。東京裁判で連合国がA級、B級などと決めたもので、一緒の日本人が言うことではない。(終戦記念日に行う)全国戦没者追悼式にはいわゆるA級戦犯等も含まれている。天皇・皇后・首相等も出席するが誰も文句を言わないではないか」(2005年1月10日号「茶説」)
この人が宮司でなければ実現しなかったことがある。それは平成17年6月25日、靖国神社で除幕式が行われた、「パール博士顕彰碑」である。今では毎日のように、手を合わせるお客の姿が絶えない。小泉純一郎首相の靖国神社参拝を巡り「A級戦犯」の合祀が問題になっている最中であった。境内に東京裁判でA級戦犯の無罪を主張したインド代表判事、ラダ・ビノード・パール博士の顕彰碑を建てる決断は並の人では出来ない。その除幕式で南部宮司は祝詞を述べた。「極東軍事裁判なる国際的に不法なる裁きを法律学者としてあるいは人として情理を尽くし国際法に照らし『日本無罪論』を以ちいて法の真理を天下に説き明らめしパール博士の残し給ひし高く尊き功績と偉はしき御名を永遠に語り継がむ」。
この建立に協力したNPO法人『理想を考える会』(理事長羽山昇さん)は毎月花を供えるのを自分らの義務として黙々として行っている。それにしても惜しい人を失ったものだ。
同大経済懇話会常任幹事、野地二見さんは追悼の句を捧げた。
「初春の蒼窮昇る御魂守」(有楽)
南部利昭宮司のご冥福を心からお祈りする。
(柳 路夫) |