安全地帯(232)
−信濃 太郎−
お金の亡者になるなかれ
こんなことを聞いた。考えさせられる問題なので書く。過日、韓国映画・イム・スルレ監督の「私たちの生涯最高の瞬間」という映画が上映された時のことである(10月21日・東京ウイメンズプラザ)。この映画は2004年のアテネ五輪で決勝戦に進んだ韓国女子ハンドボールチームの物語である。実話にもとづくドラマで、韓国国内では2002年に公開され408万人以上の人が見たというヒット作品である。昨今、日本映画で100万人を突破した映画というのは残念ながらない。
主催側があるスポーツ団体へ「女子の選手たちも大変参考になると思いますので来ていただけませんか」と、スポーツ紙を通じて申し入れたところ「見に行ってもいいですが、それなりのお金がいります」ということであった。要求されたお金はかなりの額だったという。
冗談を言ってはいけない。映画を見ることによって練習の仕方、選手の気持ちの持ち方、人間としての生き方などそれなりに学ぶことはいくらでもあるはずである。自分たちが得をする話である。むしろせっかくの機会ですからと喜んでいくべきではなかったのだろうか。お金の問題でなくて選手育成に対する団体の信念・情熱・あり方の問題のような気がしてならない。日本のスポーツ団体はお金を取るべきところとそうでないところをわきまえなければならない。運営、リーグ開催、選手育成などにお金がかかるのはよくわかるのだが、お金に執着すると自らを苦しめる結果になる。
映画の筋は・・・2004年のアテネ五輪に向けて韓国女子ハンドボールチームが編成される。バルセロナ五輪で活躍したミスク、ヘギョン、ジュランがコートに戻ってくる。この3人それぞれに人生の重荷を持つ。若い選手たちとの間がしっくりしない。そこへ欧州で合理的な練習法を学んできた監督が就任する。合理性と情、老錬と若さ、選手たちの友情などが絡み合い、融合して彼女たちは一丸となってアテネ五輪の決勝戦でデンマークと戦う。2度の延長戦となるも決着がつかず運命のペナルティー戦となる。
映画はスポーツ映画というよりも人間ドラマである。イム・スルレ監督は言う「夢をかなえる、そのためにはあきらめない、という女性映画を作ったのです」。イム・スルレ監督のもとには北京五輪の野球で金メダルを獲得した韓国チームからも「我々のことも映画にしてくれ」という申し入れがあったという。映画は劇場でたくさんの観客の感動を感じながら見るものである。その映画の芸術性が分からないものにスポーツを指導する資格はないといっていい。
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