安全地帯(199)
−信濃 太郎−
なつかしき胡同の理髪師
北京に住んだことのある日本人は「胡同」(フートン)がなんともなく懐かしい。日本でいえば露地である。庶民の古い家屋が建ち並ぶ閑静なただずまい。時おり、のんびりとした物売りの声が聞こえる。大げさにいえば、悠久の時が静かに流れてゆく感じがする。昭和14年4月から昭和16年3月まで両親は北京の安定門にすぐ近くに住んだ。当時北京には中学校がなかったので私はすぐ上の兄とともに大連の中学校に入った。夏休みごとに北京に帰省した。中学3年生の時、作文に「胡同」を書いて褒められた。
ハスチョロー監督、チン・クイ主演の映画「胡同の理髪師」(来年2月9日より東京・神田・岩波ホールで上映)の舞台は胡同である。93歳の理髪師チンさんは三輪自転車でゆっくりと胡同を行く。昔からのお客さんの散髪に出かける。胡同の時は実にゆっくり流れる。一日に5分遅れる振り子の柱時計は暗示的である。修理に出すと店の主人は「止まったら持ってきなさい。その時分解してなおしましょう」と取り合わず、最新式の電子時計を進める。チンさんは怒って出てしまう。新旧の移り変わりは胡同にも起きている。オリンピックをひかえて近代化が進み新しい街並みが出現しつつある。チンさんの住む胡同も解体の運命にある。チンさんは自分のリズムを頑固に守る。12歳から見習いとして始めた理髪の仕事は実に丁寧である。寝ったきりの老人は「心が和らぐ」といい、お金を余分に出そうとするが、受け取らない。テレビばかり見ている老人にはマージャンを進める。ボケ防止になるという。チンさん自身も午後から友人たちと卓を囲む。日本でも役所が老人のための「マージャン教室」を開いているところがある。お客の中に孤独死をしたものもあり、こころならずも息子夫婦にひきとられた老人もあり、どこの国も老人問題は同じである。
死を恐れず、生に執着しない凛としたチンさんの態度は子供時代に私塾で習った四書、五経の影響のような気がする。「大学」「中庸」「孔子」「孟子」や「易経」「諸経」「詩経」「礼記」「春秋」は人格形成に大いに役に立つ。子供のころ武術、京劇に興味を持ったものの理髪師となったのもそれがチンさんにとって天職であったのであろう。
ついに柱時計が止まった。それを持って三輪車で時計店に向こうところで映画は終わる。チンさんもやがて…最後の時が来る。コツコツ働いて81年、午前6時に目を覚まし、入れ歯をはめ、白髪に櫛を入れる。仕事、マージャン、午後九時には寝る。寝る前に時計を5分進めてねじを回す。常に定規で測ったように正確な日常のリズムである。老人の平和な営みへ新しい時代に波が押し寄せる。そこには人生哲学を心得て黙々と生きる職人の姿がある。うらやましいと思う。 |