2007年(平成19年)12月10日号

No.380

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花ある風景(295)

並木 徹

鳥獣戯画を見て感あり

 東京・六本木にあるサントリー美術館で開いている「鳥獣戯画がやってきた」−国宝「鳥獣人物戯画絵巻」の全貌―展覧会を見る(12月16日まで開催)。4階会場から3階会場へ展示されている絵巻の前は行列でなかなか前に進まない。現物を見るのは初めてでいささか興奮する。もちろんカタログ(2300円)、絵葉書10枚(1000円)も買った。年代的にいえば12世紀末から13世紀初めである。作者の一人と言われている鳥羽僧正覚猷は1140年に没している。北面の武士であった西行が出家するのもこの年である(西行物語絵巻)。鳥羽上皇が院政をひかれ、藤原の摂政関白の世である。日本史年表には「1135年鳥羽上皇、穀を出して貧民を救う」とある。「古今著聞集」は鳥羽僧正が俵に糠を入れてごまかす不法な供米を風刺して米俵が風に舞いあがる様子を描いて鳥羽上皇を喜ばしたと伝える。890年前と今とさほど変わらない。賞味期限の改ざん、牛肉の産地の偽造などわからなければよいという「まぬがれて恥なき徒」がいつの世にもいる。昨今は特にひどい。
 買った絵葉書の一枚に岩の上で親猿が子猿に体を洗ってもらっている図柄と鹿に上に乗った兎へ猿が川の水を引っ掛ける図柄が描かれてある。この絵は甲巻(絵巻は甲。乙、丙,丁と4巻ある)の冒頭を飾る「水遊びの場面」の左端の絵である(写真参照)。右側には崖の上で兎が鼻をつまんで飛び込もうとしている姿と川の中で泳いでくる猿に手招きしている兎が描かれている。甲巻には11種類の動物が登場する。水遊び,賭け弓、相撲などの遊びに興ずる。まことに微笑ましい図である。天台座主、画僧であった覚猷は風刺的な戯画に巧みであった。とすればこの絵は、子は親孝行するのを忘れ、子供同士は仲良く遊ばずいがみ合っている当時の世相を願望的に描いたと見ることもできる。そこまでひがまなくてもよいのかもしれない。貧しくても庶民はそれなりに仲良く楽しんでいるというところであろうか。
 西行こと佐藤義清が鳥羽上皇と別れる際、義清は短冊に歌をしたためて渡した。「惜しむとて 惜しまれぬべき この世かは 身を捨ててこそ 身をも助けめ」。西行は「花が笑い、鳥が歌う即身即仏」の法悦が体得しようとした境地であった。この時代にはすぐれた武士が法悦と漂泊の歌の世界に没入せざるを得ない雰囲気があったのかもしれない。
 カタログを丁寧に見ていると自分の生きている時代がわからなくなる。夢か幻か現世は・・・。サントリー美術舘を出た私はまさに浦島太郎であった。「しらがのじじいとなりにけり」であった。中野重治の詩集にこんな詩があった。
 「今宵は雨がふって
  ついそこの家ではまた蓄音器をはじめた
  童女がはかなげな声を張りあげて浦島太郎をうたうのだ
  浦島太郎は亀にのり・・・・
  乙姫様のお気に入り・・・・
  しらがのじじいとなにけり・・・・
  おまえもうたってごらん
  そしてこれはだれのことを歌ったものか教えてくれ」
 鳥獣人物戯画もまだ謎だらけでる。いずれわかる時が来るだろう。

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