2007年(平成19年)11月1日号

No.376

銀座一丁目新聞

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安全地帯(195)

信濃 太郎

論説委員という職業

 毎日新聞で論説委員を6年半務めた(昭和44年8月から昭和51年3月まで)。社会部出身の論説委員は私一人だけで、社説はほぼ一週間に1本の割で書かされた。時間的には余裕があり人に会うことができ本が読めた。それまで事件と連載物に追われていた社会部時代と違ってよく勉強ができた時期であった。私にとっては貴重な6年半であった.
 久しぶりに論説OB会に出席した(10月18日・アラスカパレスサイド店)。参加者は30人ほどであった。私が在籍した時いた18名の論説委員で、この日出席したのは私を入れて7人であった。厚川正夫さん(経済部)。92歳のいまなお「サン・アイデア」という会社の代表取締役で活躍しておられる。厚川さんから「会社四季報」の読み方を教えられた。山本進さん(経済部・エコノミスト編集長)は副委員長でデスクであった。89歳である。日本記者クラブで開かれる海外の著名士の講演会によく出席され勉強をさておられる。尊敬する先輩である。田中洋之助さん(「エコノミスト」編集)。肩書は「総合政策研究会理事長だが、顔が広く情報通である。林卓男さん(政治部・役員)副委員長も務められ、温厚な方である。細嶋泉さん(政治部・役員)、陸士で私の2年先輩で頼りがいのある方である。松本博一さん(外信部・大学教授)、世話好きな方で毎日新聞出身の大学教授をしているものの集まり「むらさき会」の幹事をしておられる(論説0Bの現職教授28名)。現川越ペンクラブ代表幹事である。
 論説委員をしたこともある毎日新聞社長北村正任さんが挨拶の中で読売新聞、朝日新聞、日経新聞の三社が9月からはじめたインターネッット上でのブロジェクトについてこんな感想を漏らした。「具体的に三社で何をやるかはっきりしていないが。三社の毎日に対する脅しと受け取っている。事業にしても販売にしてもすでに協力すべきところはすでにやっている。何が狙いかよくわからない。突き詰めれば毎日と産経の部数をはぎ取ってゆこうとする作戦ではないか」なるほどこれならわかる。
 潮田道夫論説委員長は「現在も昔と同じように正午のNHKのニュースを聞いてその日の論説のテーマを決めて、内容をどのように書くかみんなで議論している。その議論の過程を希望があれば大学生に見学させている。非常に喜ばれている」と挨拶した。読者に新聞づくりの過程を見せるということは毎日新聞が新社発足時作った「毎日新聞編集綱領」(1977年12月)の「開かれた新聞」の具体化である。面白い試みである。毎日の論説には物足りない感じがしないではそれなりに頑張っている意欲を感じた。

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