2007年(平成19年)10月20日号

No.375

銀座一丁目新聞

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花ある風景(290)

並木 徹

友とはお互いに知的刺激を受けるものなり

 陸軍士官学校の仲間が集まった(10月10日・浦和ロイヤルパインズホテル)。同期生357名,夫人73名、このうち8名の夫人は御亭主を亡くされている。それでも御亭主の仲間に会いに出席されるのはうれしい。合計430名が参加した。
 私たちは昭和18年4月陸軍予科士官学校に入校(埼玉県朝霞・振武台)、その後、航空は埼玉県所沢(修武台)の航空士官学校へ、地上兵科は神奈川県座間(相武台)の陸軍士官学校へそれぞれ進んだ。敗戦でその志は挫折した。戦後それぞれの道に進んだが、台上で死を誓い合った同期生の絆はいまなお固い。私は同期生の頼みはすべて引き受けることにしている。断ったことがない。戦後62年、2869名の同期生のうちすでに897名が鬼籍に入った。この日、私のやることは多かった。まず最後の本科14中隊会(1、2区隊が歩兵、3,4,5区隊が工兵)を来年5月末、座間の旧士官学校(現・在日米軍司令部・陸上自衛隊第3施設群)で開く計画をしている。その案内を14中隊1区隊の同期生7人に渡す。本科にいたのは昭和19年10月から昭和20年8月まで。私の中隊の歩兵の訓練は激しかった。一週間連続の夜間演習もあった。米軍の空襲も受けた。敗戦時「戦争継続」か「承詔必謹」かで混乱したのもこの相武台である。今ここに「在校記念碑 陸士59期生」の記念碑が残る。
 敗戦後私が復員した愛知県岡崎市(母親の実家があった)から亡くなった鈴木三重次君(航空通信)の夫人寿子さんが出席するのを知った。当時の私の心境について書いたエッセイーを渡した。昨年12月出した毎日新聞の同人誌「ゆうLUCKペン」(第29集)に敗戦直後の岡崎の町の模様、殺人犯と逮捕前にインタービューした地方記者生活などをつづったもの。私は鈴木君も生前会ったことはないし寿子さんとは初対面であった。寿子さんに私の意とすることは通じた。同じテーブルには別所末一君(航空戦闘)がいた。私の、大連2中の親友、加藤四郎君と東京幼年学校が一緒である。別所君とは渡辺瑞正君(航空整備)が昨年3月に銀座の画廊で開いた「三世代家族展」で会い、雑談した。
植竹與志雄君(船舶)の夫人京子さんへ最近亡くなった俳人、横山房子さんをしのんだ「追悼録」を差し上げた。京子さんは房子さんの4女寺井谷子さんと知り合いで、俳人でもある。帰りの電車の中で寺井さんに褒められた句がありますと「笑うたびふうせんかつらふえてゐる」を示した。京子さんの句は深みがあって味会うほどそのよさがわかってくる。植竹君が指揮した恒例の「GO-Qブラザーズ」の合唱は上手であった。選曲もよかった。
難しい「千の風になって」をよく歌い上げた。中学校の音楽の先生であった事務局の重白紀子さんの指導よろしきを得ているとも聞いた。
勝野高成君(歩兵)がわざわざ私のテーブルに訪ねてきてくれた。今年3月自伝「走り続けた六十年」(海鳥社)を出版した。「男は度胸」「何事にも誠心誠意」の勝野君にはいろいろ教わった。「本はほとんど売れた」という。私もちょっぴり宣伝のお手伝いをした。彼のテーブルに行くと、柴田繁君(通信)がいた。熱心な「銀座一丁目新聞」の愛読者である。
柴田君は青森の普通科連隊の連隊長時代、一番気象の悪い2月に雪の八甲田山を見事走破した体験を持つ。立派な武人である。尺八の師匠でもある。柴田君が本紙を褒めてくれたので「この新聞を読まないと世の中から遅れてゆく」というと、そばにいた松山良三君(航空襲撃)が「その自信があれば長生きする」とみんなを笑わせた。
 九州・小倉時代に知り合った池田岳人君(航空戦闘)が『「偕行」(会員誌)の原稿をよく見ているよ』と元気な顔を見せた。同期生会の広報幹事である。事あるごとに書くチャンスに恵まれる。今年は旭川まで出向いて「第2師団創立57周年・旭川駐屯地解説55周年記念式典」の記事まで書いた。この記事ではこの日も出席の開真君(航空戦闘)からハガキで感想をいただいた。
私の予科23中隊1区隊の参加者は3名で赤井英夫君(歩兵)と田中長君(航空司偵)であった。2年前の大会では4名であった。3人で話し合って最後の区隊会を来年11月、神田の学士会館で開くことにした。
この日会場正面に飾られた「全国大会」の墨痕鮮やか文字は今村明君(航空整備)が揮ごうしたもの。大会プログラムの表紙に描かれた埼玉県花「サクラソウ」は北俊男君(歩兵)の作品。それぞれに立派な趣味を持っているのに感心する。
最後に59期生会歌を歌って別れを告げた。「南溟、北海、雲おおい/鉄火のひびき。血しぶきの/決戦歳余、われもまた/すめらアジアの礎と/散りて甲斐ある御垣守り/征け59期、使命は重し」(7番)

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