2007年(平成19年)9月1日号

No.370

銀座一丁目新聞

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花ある風景(285)

並木 徹

長江が醸し出す哀歌に酔う

 映画「長江哀歌」は詩の世界であった。李白,杜甫、白居易が多くの詩を残す。「早に白帝城を発す」と題する李白の詩。
「朝に辞す 白帝 彩雲の間 千里の江陵 一日にして還る 両岸の猿声 啼いて住まざるに 軽舟 已に過ぐ 萬重の山」
白帝城は三峡のひとつ瞿塘峡北岸の山上にあった城砦である。映画のロケ地はそれより西の奉節である。2500年前の春秋時代からつづく四川省の古都。ダム建設で街は沈み始めており、多数の住民はすでに移住した。ビルの解体は急ピッチで進めれている。ジャ・ジャンクー監督はこの壮大なダム建設現場へ16年前に別れた妻と娘を探す山西省の亭主・韓山明(ハン・サンミン)と、2年まに出かぎに行って消息不明の夫を探すこれも山西省の妻・沈紅(チャオ・タイ)の生臭い物語を設定する。
別れた妻は3000元で買った「売買結婚」16年ぶりに会いに来るというのも悠長な話だが大陸的である。一泊3元(約45円)の宿を1・2元に値切って泊まり民工として工事現場で働く。探した妻は兄の三万元の借金のかたにその男の愛人になっており、娘は広東省へ出稼ぎに行って会えずじまい。すざましい成長を続ける中国にまだこのような古風な話があるとは驚きであった。一方妻の夫は厦門人の女性と会社を共同経営し高級車を乗り回し社交ダンスをたしなむ変貌ぶりであった。沈紅は「好きな人ができた」とウソを言って別れる。精いっぱいの女の意地であろうか。
三峡ダムは12年前の1994年12月14日に着工された。2003年には2期工事が完成すでに発電を開始している。完成予定は2009年である。完成すればダムの高さ180メートル幅約2・5キロ、長江の中流をせき止めるこの巨大ダムは貯水容量・発電能力ともに世界最大、総貯水量393億立方メートルで日本の最大のダム奥只見ダムの65・5倍という。このダムにより130万人の住民が移住を余儀なくされている。「長江哀歌」は数え切れないほど生まれる。
廃墟のビルで三明が妻と語り合う。妻が三明に飴をさしだす。この夫婦はわずかにつながっているのを暗示させる。遠くでビルが崩れる音がする。前途は明るくない。それでも三明は事故は多いが稼ぎの良い炭鉱で働いてお金をためて妻の兄の借金を払おうと決意する。民工が日当40元から50元であるのに炭鉱は1日200元のかせぎになる。「いつまでも努力しよう…」という三明には楊臣剛の「ネズミは米が好き」の歌が似つかわしい。
「もしもある日本当に/理想の愛が叶うなら/もっと君を大事にしよう/いつまでもいつまでも努力しよう/その日がどれほど遠かろうが/きっと理想を叶えて見せて/君に向って囁くんだ/愛してる、愛してる/ねずみがお米を愛するように/嵐が来ようと僕は君のそばにいる」
どんなに世界が変わろうとも人間はみんな精一杯生きている。しみじみそう思う。

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