安全地帯(188)
−信濃 太郎−
ルパン文芸 「人生劇場 いま序幕!」
ルパン文芸(主宰山本祐司さん)から「ショートショートA」(17作品・141ページ)が送られてきた。今回は「児童文学」が2編で他は「短編小説」。なかなかの力作ぞろいであった。私の気に入った作品から感想を陳べる。
「与作のお伊勢参り」(辻高史)―主人公の与作は魚師、友達は大工の熊さん。ともに同じ長屋に住む。これは「落語の世界」である。母親の病気平癒祈願のためお伊勢参りに行くのだが「抜け荷」事件に巻き込まれ散々な目に合う。そのおかげで命だけは助かると言う話。時は江戸の文政10年(1827年)。この年の10月、俳人、小林一茶が65歳で死ぬ。「木枯らしや二十四文の遊女小屋」を残す。頼山陽は不朽の名作「日本外史」を著す。このころお伊勢さんは庶民の信仰の対象で、伊勢参りが流行した。もちろん旅のの恥はかき捨てで内宮と外宮の間にある古市の遊郭は大いに繁昌したといわれる。与作は参拝とお土産だけを買い、街を見物しただけのようである。
「不思議な見合い」(書内三平)―28歳のブ男のテレビレポーターが「スッキリとした長い脚、一寸細身の体型、鼻筋は通っているが少し赤く、大きな濡れているような瞳」の美人と見合いをし意外にも結婚する話。花粉症に悩む家系の血に清新な血を入れたいためであった。結びの父親のセリフが秀逸である。「見たか、あの顔あの体。我が家の血筋にこの苦しみを継がせない為にも、この見合い、なんとしてもまとめてみせる!原始人は花粉症にはならないんだ」
私も5年ほど前から花粉症になった。この小説の親娘ほどひどくないが、気分がすっきりしない。年とともに免疫性がなくなりどうも杉花粉に弱くなったようだ。花粉症の娘さんはブ男と結婚して二児に恵まれ、さらにお腹に新しい生命が宿っている。めでたしめでたしの結末である。
「酒のべば」(安浦新)―元事件記者の私はこのような短編には遂吸い込まれる。多摩川堤で変死体発見―聞き込み・足取り・身元調査―偶然の奥さんの病死ー身元判明―事故死で解決となる。行きつけの店で酒を飲んだ男が多摩側の土手を酔い覚ましに歩いていて転落、後頭部を強打してそのまま帰らぬ人となった。奥さんは同じ頃自宅で睡眠中の脳出血を起こして死亡したという偶然が重なったというまれな事件である。解剖の結果、後頭部の傷は、深さ1センチほどで頭蓋骨の陥没乃至損傷には至っていない。出血は相当量推定されるが致死量ではない。血液型はAB型RHマイナス、毒物反応なし、所見では後頭部打撲損傷によって脳震盪を起こし、失神状態のまま放置された結果、凍死状態(発見3月21日)となって心不全死したというものであった。「解剖結果から自他殺を憶測することは出来ない」と作者は言う。まさにその通りである。解剖の結果は捜査にひとつの資料を提供するに過ぎない。その裏付けをするのが捜査である。例えば溺死体の場合解剖の結果「窒息死」と死因が分かるが自分から飛び込んだのか第三者に突き飛ばされたのか解剖ではわからない。それを突き止めるのが捜査である。「法医学は万能」ではない。事件記者には最後の結び「事件は何が起きるか分からない。もう一度現場を踏め」は千金の戒めである。戦後の大きな事件を一つづつ思い出した。男がメガネケースに折りたたんだ紙片に「酒飲めば監視つきなる己が身の いきながらへて何ぞ楽しき」と記していたとある。一茶は死ぬ10年前に「死支度致せ致せと櫻哉」と老いをかこっていた。「酒延べば」の作者が「ルパン文芸」で楽しんでいるのは一読者としても嬉しき限りである |