2005年(平成17年)7月10日号

No.293

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花ある風景(207)

並木 徹

子守唄よ、甦れ

 日本は昔から言葉には霊が宿るとして言葉を大切にしてきた。わたしたちが何気なく発する言葉で相手が励まされ或は傷つく事がある。荒々しい言葉は相手の体に矢のように刺さる。それを人は知らない。優しい言葉は相手の体を優しく包む。とりわけ幼児には良い影響を与える。赤ん坊だからなにも分からないだろうと思うのは間違いである。
 ちゃんと耳をすまして聴いている。昨今子供の犯罪が多発しているのは、幼児時代の「言語環境」と無縁ではない。子守唄・わらべ歌が聞かれなくなったのもそのひとつの原因である。大正14年生まれの筆者は「江戸子守唄」を教わっていないのに諳んじている。母が歌ってたくれたからである。産婆さんが「この子は毛深いから優しい子になりりますよ。大切に育だてなさい」といったという。母はたしかに私には優しくしてくれた。おかげでぐれもせず育った。
 「子守唄よ、甦れ」(別冊 環 I・藤原書店)を見ると「あ・い・う・え・お」は火山と向き合ったり、地震と向きあったり、滝とむきあったりったり、命をそこから守ろうとした時に声を発した、それが母音だと思うんです」と西館さんがいい、「子守唄の最初は母音じゃなかったか」という仮説を立てる。これを受けて松永伍一さんが『つぶやきというものの骨格は母音だと思います。「あ・い・う・え」って、全部何か自分の気持ちが託されていく符号なのです』と解説する。共感、感動、驚きの際、発する母音が多ければ多いほど子供に大きな影響を与える。産婦人科医者、赤枝恒雄さんはアメリカの精神学者の興味ある報告を紹介する。世界各地で戦争の悲惨な光景を子供が見て精神障害児がたくさん発生しているが、沖縄での大虐殺や原爆被害があったにもかかわらず、日本で精神障害児が発生しなかったという。これは小さいときからいつもお母さんの背中に背負われて野良仕事や家事をやっていたために赤ちゃんに安心感を与え、情緒の安定した子供に育ったためだと結論付けている。赤枝さんはここに子守唄があったと確信する。子守唄でお母さんの背中や横で眠ったに違いないという(前掲『子守唄よ、甦れ』より)。
 菅原三記さんは「言葉に乱れは心の乱れ、心の乱れは、国の乱れ」と先人の戒めを説く。若者の言葉の乱れはひどい。その上、幼児から英語の勉強をさせようとい愚か者まで居る。まず「あいうえお」からはじめよう。子守唄を歌おう。わらべ歌を歌おう。

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