2005年(平成17年)3月1日号

No.280

銀座一丁目新聞

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競馬徒然草(43)

―馬と「水」の話― 

  1頭の牝馬がいる。レースから引退し、繁殖牝馬になった。やがて仔馬(牡)を産んだが、乳房炎になり、仔馬に乳を飲ませられなくなった。乳房が痛いので、乳を求める仔馬から逃げる。それが傍目には、邪険な素振りにも見える。仔馬は乳を飲むことができない。仔馬はいわば未熟児だったから、世話をする人々の懸命の努力が続いた。まず、母馬の乳房炎を治さなければならない。だが、獣医にもよい処置の手立てがなく、困り果てた。そのとき人伝てに知ったのは、ある「水」のことだった。「いろんなことに効くから、試してみるといい。とにかく不思議な水だから」と。獣医は牧場主とも相談し、早速、東京の業者へ電話をかけた。事情を打ち明け、使い方方のアドバイスを受けて取り寄せた。
 その「水」は飲ませるのもよいが、患部にスプレーすることによって治療効果を挙げるものだった。早速、指示通りに患部へのスプレーを始めた。すると、治療に困り果てていた乳房炎が、見事に治癒した。「確かに不思議な水だ」と、誰もが驚いた。その「水」はいわゆるクスリというものではないので、これまで獣医も牧場主も使ったことがなかった。だが、こうして母馬は、仔馬に乳を与えるようにもなった。やせていた仔馬は乳をむさぼり飲み、成長の遅れを取り戻していった。母馬がその「水」を飲むのもよかったようだ。仔馬は日増しに成長し、牡馬らしく骨格も逞しくなっていった。
 その「水」には、患部を治癒させるだけでなく、母乳にもある種の効果をもたらせたようだ。仔馬が当歳の品評会でも評価され、特別賞を受けた。そのことでも注目され始めている。このままいけば、2歳馬のセリにはかなりの値がつきそうだと期待されている。牧場にはさまざまな母馬と仔馬の物語があるが、ここで紹介したような、ある種の水が母馬と仔馬を救うケースは少ない。
 水には様々な働きがあるが、ただそれだけでは、前述のような効果は説明し難い。その「水」の場合、ある種の成分を含んだ水なので、特にその働きには、常識を超えたものがあるとみられる。獣医や牧場主を驚かせ、「不思議な水」といわしめたもの。今のところ、それはある種の成分を含んだ水としかいいようがないのだが、まだ多くの牧場ではあまり知られていないようだ。今はただ、ある母馬と仔馬の奇跡的ともいえる物語としておきたい。北海道浦河の針生牧場での話である。
 仔馬の名前は、まだ付けられていない。どんな名前になるだろうか。名前も決まって、レースに出走する日がくるのはもう少し先のことだが、そのとき、どんな走りを見せるだろうか。ひそかに注目してみたい。一つの新たなドラマが生まれるかもしれない。なお、ここで紹介した、ある特殊な「水」のことは、次の機会にまた書くことにしたい。

( 新倉 弘人)

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