2004年(平成16年)5月10日号

No.251

銀座一丁目新聞

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花ある風景(165)

並木 徹

水芭蕉りゅうきんかと咲き誇る

 5月の連休に久し振りに長野の戸隠で遊ぶ。大久保の茶屋でざるそばを頂く。混んでいて2階に案内される。2年振りである。いつも此処で昼食をとる。つゆが抜群で、美味である。もっとも詩人,津村信夫は「戸隠の絵本」の「月夜のあとさき」の中で「信州そばのほんとうに美味しいのはこの戸隠飯綱の原を中心とするあたりで,この地方に多い麻畑は刈り取ってしまったあとは,みんなそば畑になるのである」と記している。そばそのものも美味しいのかもしれない。大久保の茶屋の創業は文政2年(1819年)である。185年の歴史を持つ。この近くで生まれた(上水内郡信濃町)俳人一茶はこの年、43歳。未刊に終ったが「おらが世」の編集に精を出していた。文政2年の作に「寒ごりや背中の竜の披露かな」がある。作家、林芙美子は戸隠の自然と人情を愛し、随筆「戸隠山」を残している。「高山植物がたくさんあるし、街に咲いて埃っぽいあじさいの花も、山の上では藍をとかしたように眼にしみてきます」とその魅力を語っている。
 豊かな原生林を生かしたのが森林植物園(昭和39年5月開園)である。71.41ヘクタールの敷地には高山植物、カラマツ、モミの木、スギなどの森林が見られる。今は水芭蕉が見ごろである(5月6日)。「水芭蕉のこみち」をぐるりと回ればあちこちで群生している水芭蕉の白い花が咲き誇る。白い花と書いたが、これは佛炎包と呼ばれる「白い包葉」である。水芭蕉に混じって黄色い花を持つのはリュウキンカ、可愛い白い花を咲かせているのはニリンソウ、紫色をした花はカタクリである。自然が織り成す花のシンホニーは心を和ましてくれる。その間、所々で望遠をつけた写真機を構えた人々に会う。此処にいる野鳥を撮るためである。アカゲラの鳴き声を聞く。キビタキ、クロツグミ、アオジなどもい るという。入り口広場に句碑があった。「探鳥の人皆黙りけり山わが夢」(太田英明)。園内の所々に残雪があり、「みどりが池」のそばの二本のオオヤマサクラが満開であったのには驚いた。その櫻のもとで写真をとる初老の夫婦がいた。
 園に江戸時代からの長いスギ並木がある。随身門からやや登りになるが進むと、奥社(祭神天手力雄命)につく。これまでは森林植物園を訪れると必ずお参りしたが今回は参道を登る気力が生まれなかった。
雨の日(4日、5日)は江藤淳の「南洲残影」と誹風「柳多留」を読む。江藤は西郷の「全的滅亡」を描く。勝海舟が南葛飾の浄光寺に建立した詩碑「朝蒙恩遇夕焚坑」は西郷の生き方を凝縮する。「柳多留」はわかりやすい。江戸時代の人情を知るにまことに便利である。「花婿のなぶられるのは四十こく」説明を省く。「てうし口おれが米でもうまるはづ」この頃江戸の米の3分の2は奥州産であった。これらの米は利根川の河口銚子口から利根川をさかのぼり江戸川を経て江戸に入った。銚子口は波浪が高く難所で、難破船が多かったという。
毎朝、小鳥の声で目を覚ました。空気もうまかった。

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