2004年(平成16年)3月10日号

No.245

銀座一丁目新聞

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追悼録(160)

大根とほうれん草の違いは ?

  同期生の奥出達都摩君から昨年1月、92歳でなくなった真藤恒さんの写真集が送られてきた。真藤さんの謦咳に接したことはないが、パーテーなどで何回かお顔を拝見しており、傑出した人物であるのは承知していた。奥出君の話によると、真藤さんが石川島播磨(IHI)の社長時代に「教頭制度」をつくり、自分のビジョンの徹底を図った。本部長クラス6、7人を集め時間の許す限り対話を持った。この6、7人が社内の部長クラスを横断的に集め塾を作り「真藤教」を伝えた。今回この組織を活用して、播磨造船時代からIHI退任までの300枚を超える写真を提供して貰って、「真藤さんを偲ぶ」写真集を編集した。真藤さんを中心とした造船史は日本の高度経済発達史でもあると奥出君はいう。
 NTTの初代社長でもあった真藤さんについて経済評論家の飯塚昭男さんはその著書で「その変化対応力は世のリーダーの参考になる」として次のように指摘している。まず第一に、日本人は「第一人称で考えよ、そして第一人称で行動せよ」ということ。自分の行動の原点をすべて他人のせいにする日本のホワイトカラーの欠点を真藤さんは厳しく糾弾した。第二に強調したのは、失敗を恐れず、トライアル・アンド・エラーで積極的に取り込むこと。第三は「捨てる」ということ。仕事は「習って、覚えて、真似して、実行して、改良して、そしてはじめに習ったことを捨てる」というサイクルをとるべきだが、このサイクルの中でも「捨てる」ことに力点をおいたのであると、真藤さんをほめたたえる。
 写真集を拝見していると「真藤語録」がすばらしい。「強くなければ生きてはゆけない。しかし優しくなければ生きて行く価値がない」「足場があるから人が落ちて重大災害を起こす。足場のない工法を考えよ」中でも転勤まじかな部下に質問した言葉がいい。「大根とほうれん草の違いがわかるか」。もちろん部下は答えられなかった。正解は、大根は同じ所に生えている限り大きく育つが移植は出来ない。それに比べてほうれん草は移植した方が良く育つのである。真藤さん流の心配りと励ましの言葉であった。この質問に筆者はた立古睦吉少将(陸士27期〉が部下に質問した言葉を思い出す。「蓮根の根は横に伸びるかそれともまっすぐに伸びるか、蓮根の穴は幾つあるか」「五穀とは何か」「鎮守の神様はどなたが祭られているか」。質問の趣旨は天下国家のことを論ずる前に身の回りのことを良く勉強せよという事であった。一流の人物の言うことは同じようなものである。

(柳 路夫)

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