2002年(平成14年)4月20日号

No.177

銀座一丁目新聞

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花ある風景(91)

 並木 徹

 2000年カンヌ国際映画祭グランプリをとったチアン・ウェン監督「鬼が来た」(鬼子来了)の試写をみた(4月27日より新宿・武蔵野館3で上映)。ともかく考えさせられる映画であった。戦争と人間の狂気、個人と国家の非情さ、そこに流れる、どうにもならない「不条理」を強く感じた。
 日本の敗戦が近い1945年旧正月直前、中国・華北の寒村、掛甲台(コアチアタイ)村で奇妙な事件が起きる。深夜、主人公 マー・ターサン(チアン・ウェン)のところに「私」と名乗る男がやってくる。この男が村とマーの運命を変える。男はマーに拳銃を突きつけ、日本兵と通訳の中国人の入った麻袋二つを押し付ける。それを晦日まで預かり、供述書を取れと命じて去る。戦争中の事とはいえ、無事に暮らしている村人にとって不条理な出来事である。
 この村には日本海軍の砲塔がある。村民はてんやわんやの騒ぎとなる。殺すべきか日本軍に引き渡すべきか。結局は2人を隠すことに落ち着く。
 捕まった日本兵、花屋小三郎(香川照之)は捕虜の身を恥じ「殺せ」と叫び、侮蔑的な汚い言葉を吐く。助かりたい一心の通訳のトン・ハンチェン(ユエン・ティン)は花屋の言葉を友好的な言葉に翻訳して村人に伝える。
 ところが、「私」はこなかった。村の食糧も底をつき始めた。いつまでも二人を生かしておくわけにもいかない。マーにまかされるが、二人を殺せない。
 村人たちの心ある世話に生きる意欲の出てきた花屋が提案をする。半年間世話してくれたお礼に穀物二台分を進呈するように日本軍に掛け合うというのである。花屋の上官、酒塚隊長(澤田謙也)は「日本兵は信用を重んじる」と褒美として四台分を加えて村に贈る。
 その夜、村人全員と陸海軍の兵隊たちが集って宴会が開かれる。宴たけなわのころ、酒塚隊長は花屋を腐敗分子として村人に射殺を命ずるが、誰もでてこない。マーの姿が見えないのは、武器を携えて戻ってくるのだろうと疑心暗鬼になった酒塚隊長の命令で村を焼き払い、村人を虐殺する。夜空を焦がす炎は日本兵の狂気を示すなにものでもない。ベトナム戦争でも米軍は同じような過ちをした。
 8月15日、日本敗戦。米軍が進駐してくる。酒塚隊長ら日本兵は収容所に入れられる。そこへ、復讐心に燃えるマーが刃物を振るって日本兵を殺傷して捕まる。中国軍の管理下にある日本兵士を殺傷したというので、民衆の前で、マーは死刑になる。中国軍側は処分を日本軍に任せる。日本刀を持ったのは、なんと花屋であった。動機は正しくとも、国家という組織に刃向かうと、逆に殺されてしまう。国家は非情なのである。一方、人間は個人であっても悪逆非道を犯した組織には断固として戦わねばならないという事を意味しているような気がする。だからこそ、切り落とされた主人公の顔が満足そうに微笑んでいるように見えた。この映画が中国で上映禁止の理由がよくわかる。古森義久著「北京報道700日」(PHP研究所)によると、インターネットを通じてほぼ公式に発表された理由は「この映画では中国人が日本将兵を十分に憎んでいない」ことであった。

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