2001年(平成13年)10月20日号

No.157

銀座一丁目新聞

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横浜便り(23)

分須 朗子

−短い物語 「3人」 3−

 一月前まで、海水浴客を包み込んでいた灼熱は幻となり、浜辺に、夏のかけらは跡形もない。人工の浅瀬が秋の風に優しく揺れ、やけに大人びている。
 ほんの二年前、キミエが、サトルとノリユキと3人で、日がな一日遊びほうけていたこの海岸は、もっともっと無邪気だった。
 陽気なばかりだった場所が、今は、これ程にひっそりと静寂をたたえているのは、季節のせいだろう。キミエ自身にも、あるいは3人にも理由はないと、キミエは思いたかった。

 「3人だけで無人島に残されても、楽しく生きていけそうだね」
 あの日、冬の浜辺に、キミエの笑い声が明るくこだました。
 すかさず、サトルは言い放った。
 「俺はパス。無人島なんてイヤだね」
 その横顔は、いつにも増してぶっきらぼうなものだった。
 ノリユキは何も答えず、波間を見つめて微笑しただけだった。

 この日、サトルの提案で、3人は久しぶりに会う。
 待ち合わせた海岸で、キミエを呼んだのは、サトルの声だった。
 振り向くと、二年の月日を越えて、いつもの仏頂面のサトルがいた。キミエは嬉しかった。だが、キミエの笑みに、笑顔を返したのは、サトルの傍らに立つ一人の女性だった。

 この二年間、3人の生活に変化があったというわけではない。互いに、一時間もあれば往復できる場所で、変わらずに暮らしていた。
 「実際の距離の近さが、かえって、存在の遠さを実感させたわ」
 いつしか遠くなっていった3人について、キミエが言うと、
 「そんな大層なもんじゃない」
 と、サトルは面倒くさそうに答えた。
 「すぐ会える気でいるうちに、時間が過ぎていっただけのことだ」
 サトルは説明したが、キミエは無反応のままだった。
 「・・・3人の距離は大層なものだわ。二人なら線一本で届くのに、3人だと有形になるのよ。大きさのある空間になるから、うまくつかみ切れないのよ・・・」
 キミエの独りよがりな言い回しに、サトルと女性が見合わせて、小さく微笑んだ。そして、サトルは、投げ出すようにつぶやいた。
 「ただの三角関係だろ」
 キミエはドキリとした。それは、キミエが、長い間避けてきた言葉だった。

 ちょうど、ノリユキが海岸に姿を見せた。
 キミエとサトルの視線の先で、ノリユキが、いつものようにのんびりと手をあげて合図した。キミエは笑って手を振る。だが、笑顔で応じたのは、ノリユキの背後に寄り添う一人の女性だった。
 この日、約束の海岸へ、サトルとノリユキが女性と連れ立ってやって来たのは、偶然のことだった。
 キミエは、二組のつがいを交互に眺めながら、3人で楽しく生きていけると言った、あの日の自分の稚拙さに初めて気づく。

 キミエとサトルとノリユキは、「また会おう」と口にして、海岸を後にした。
 別れ際、キミエは、海浜の公園を散歩して行くと言った。サトルと女性は、浜辺を見下ろす遊園地で遊んで行こうと言った。ノリユキと女性は、公園内の水族館へ行きたいと言った。
 「またすぐ、その辺で、ばったり出くわすんだろうな」
 と、サトルとノリユキは笑い合った。

 キミエは、一人、この日の何気ない別れの重さを予感した。「またね」の言葉が切なかった。
 見上げると、真っ青に広がる空で、小さくちぎれた雲が一つ、笑っていた。
 群衆でにぎわう小さな公園が、キミエには、とてつもなく大きな虚空のように感じる。



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