2001年(平成13年)8月10日号

No.152

銀座一丁目新聞

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横浜便り(21)

分須 朗子

−短い物語 「3人」 1−

 僕らは喫茶店にいる。 
 満席の店内で、僕と恋人のミサは、さしむかいに座っている。
 ミサは、僕の顔をじっと見ている。というより、にらみつけていると言った方が正しいだろう。
 僕は、テーブルの上のコーヒーカップに視線を落とす。
 何か言った方がいいのだろうが、もう言葉が見あたらない。
 「謝罪はなし?」
 「だから、仕事が抜けられなくなったんだ。仕方ないだろ」
 「電話の1本ぐらい、お店に入れられたでしょう」
 「気がついたのが八時だったんだ。もう帰ってただろう?」
 「まだ、いたわよ。この前の時も、八時に気づいたと言っていたから、ゆうべは九時まで待っていたのよ」
 ミサの怒りは、静かではあるが、確実にボルテージを上げているようだ。
 どうも、僕らの周囲だけがすっぽりとブラックホールにはまったみたいで、空気の流れが鈍っているように感じる。
 それから、ミサの顔が歪んで見える。このままでは、ブスに見えてしまう。 
 元はと言えば、僕の遅刻のせいなのだが、小一時間かけて責められていると、ミサがうらめしくなってくる。
 「君だって、この前・・・」
 僕は、先日、ミサが、約束を土壇場でキャンセルしたことを持ち出そうとして止めた。
 「何?私が、この前?」
 まずい。このままでは、二人ともが不細工になっていく。
 今、僕らの神経は、互いの非を蘇生することに集中しつつある。二人で居ることが、一対一の勝負になってどうなるというのか。
 この状況を打破する、何か良い方法はないだろうかと、僕は考える。
 僕は、無意識のうちに、カップの唐草の模様を目でなぞっている。
 ふと、僕は、この場に居るもう一人について想像してみた。
 つまり、テーブルには、僕とミサともう一人、3人が座っている。
 もう一人は、男性がいいだろうか。その男性は、ミサを見つめて、何か話しかけている。ミサが、その男性に笑顔で答えている・・・。いや、これは良くない。
 女性がいいだろう。ミサの友人だ。「ミサは、いつもあなたのことを自慢しています」とか言っている。友人は、大変な美人で、「私も、こんな彼氏が欲しいわ」などと言われたら最高だけれど、これも、今の状況では良くない。
 僕の嫌いなタイプの女性がいいだろう。第一に優しくない。冷たい。しかも笑わない。喋らない。怒りもしない・・・。
 そういえば、ミサは、よく怒っている。今もだ。
 それに、ミサはよく笑うし、優しい、ということを、僕はじわりと思い出す。
 僕は顔を上げて、こう言いたくなる。
 「ごめん」
 ミサが、呆気とした目を僕に向ける。
 僕は、ふだんはなかなか出てこない言葉を喉の奥から絞り出す。
 「これからは、気をつけるよ」
 すると、ミサが微笑む。
 「私も気をつけるね」
 そう言って、もう一度微笑む。
 ・・・というふうに、うまくいくだろうか。
 僕は、カップの底に沈みきったコーヒー色の液体を飲み干した。



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