「警備保障」と文字の入った車だったから貴金属か美術品でも届いたのだろう。何人かの背広の男性が車を取り巻いて険しい顔をしていて、そのうちの一人が側を通る私をジロリと見た。貴重なものかもしれないが、もっと普通の顔が出来ないものだろうか。
いつぞやホテルで行われた中南米フェスティバルに宮様がいらして、音楽を楽しまれたことがあったが、始めのうち、縄を張った周囲が混雑していて、中央に坐られているのさえ分らなかった。ところが、楽しいラテン音楽が演奏されているのにも関わらず、直立不動の屈強な男性数人が、舞台に背を向け険しい目つきで辺りを警戒している姿が、厭がおうにも目に止まった。いわゆる護衛官、SPであった。それを察した人たちの間で、誰が来ているのかと、ざわつきが起こり、覗き込む人でロープが傾いだり、カメラを構える人やらが出て、SPの態度がますます険しくなった。常識では考えられないような行動をとる人もいるから、警戒には越したことは無いが、もっと、さり気なくしていれば、知らない人は知らないままに音楽を楽しめ、会場が必要以上にざわつくこともなかったと思う。
その時のことがチラッと頭を掠めたので、もし警備保障の車の側で、「キャハー!」なんて叫んだら、厳しい男どもがどんな態度を取るだろうか、と想像して可笑しくなった。毎朝、余り代わり映えのしない道を歩くには、たまにはこんな、ささやかな楽しみでもないと続かない。