花ある風景(48)
並木 徹
20世紀の終わりにこれまでの自分の行き方を振り返った。その時、ふと浮かんだ詩があった。
山のあなたの空遠く/「幸」住むと人のいふ/ああわれひとと尋(と)めゆきて/涙さしぐみかへりきぬ/山のあなたになお遠く/「幸」住むと人のいふ
(カール・ブッセ・訳上田 敏)
何はともあれ、「幸」求めて75年歩いてきた。その「幸」とは・・・私なりに「仕事の達成感」と「良心に恥じぬ行為」と考えた。マスコミの世界に入った私には「真実」を追究することであった。己の正しいと思う道を進むのを目標とした。人並みに結婚し、二児にめぐまれた。子供たちは父親を反面教師としてぐれもせず、大学を卒業、それなりにやっている。二人とも一浪した。「役人になりたければ、東大へゆけ。そうでなければ、どんな大学でもいい。浪人中の一年間100冊の本を読め、本代はだしてやる」と申し渡した。二人ともそれを実行した。子供の養育はすべて妻まかせであった。
その子供たちに感心することがある。工学部を出た長男(45歳)は家庭を大事にする。休みになると二人の子供を車でどこかへ連れてゆく。私には絶対にできない。文学部を出た長女(49歳)は英語をマスターした。通訳も勤まるほどになった。亭主と娘をおいて、ロンドンへ2週間ホームステイをしたこともある。私の本棚には英語の本は10冊以上あるが、英語はからしきだめである。
昨年12月はじめに、渡辺 淳一さんの話を聞いた。その中で渡辺さんはカール・ブッセの詩を引用した。男性は山のあなたの空遠く素晴らしい女性がいるのではないかと求めてゆく。また山の空遠くへと求める…男性には悪る気はないのです。「幸」を尋ね歩いているのです。 なるほど、一理あると感じ入った。
カール・ブッセを私淑した若山 牧水(1885―1928)の次の歌はあまりにも有名である。
畿山河こえさりゆかばさびしさの はてなむ国ぞけふも旅ゆく
歌人、岡野 弘彦さんはこの歌を「新しい憧憬の旅」と評している。牧水自身も人生は旅であると記している。私もあと50年の人生の旅をあわてずのんびりと楽しもうと決意をあらたにしている。