2000年(平成12年)5月10日号

No.107

銀座一丁目新聞

ホーム
茶説
追悼録
花ある風景
横浜便り
告知板
バックナンバー

横浜便り(7)

分須 朗子

 古典の中で、花という語は、「桜の花」の代名詞として使われた。
 
 華やぐという言葉を口にするとき、桜の花々を思い出す。 
淡く白い微かな花びらたちが、枝枝に重なり合って、にぎやかに集っているよう。 

 この春、いわゆるお花見の風景を実際に初めて目にした。 
横浜、南区の中央を流れる大岡川沿いは、桜の名所として有名だ。
生活圏内であったためか、見逃していた。花見場所という人工の臭いと自然が混在す
る景観を避けていたせいかもしれない。 

 先日、思い立って、夜の川沿いを30分ほど歩いてみた。 
約3.5kmのプロムナードに、1500個近いぼんぼりが下がり、700本のソメイヨシノを照
らし出す。小さな貝殻を散りばめたように、桜の花が川面に光る。 
 桜並木はスポットライトを浴びて、花見の宴とうまく交じわり合い、すべてが楽し
そうだ。 
よく見てみると、桜の木はずいぶん古い年輪を持っている。枝の長さも、まっ直ぐに
伸ばしてみたら、向こう岸に届きそうなほど。 
大木からニョキニョキと伸びた枝花が、川の水に向かって落ちている様子は、一種迫
力の風貌。首を伸ばして川の水を飲みたがってるみたいだ。 
桜の香りに誘われて、丸々と大きな鯉が何匹も尾ひれを動かしている。 
大岡川と桜の歴史を感じる。 
すぐ側に、鎌倉街道が通っている。プロムナードの中心地、弘明寺は、源頼朝が鎌倉
幕府の鬼門とし、ここに観音を祭った。 

 人は桜の香り(フェロモン)に集うと聞いたことがある。桜は水が好きだと聞いた
ことがある。本当なのかも、と思った。 

 この夜の満開の桜景色より、いっそう好きな光景がある。 
桜の花びらがひらひらゆっくりと地面に舞い落ちる時。 
春の風に揺られてもいいし、しとしと春雨とともに降るのもいい。 

<花の色は 移りにけりないたづらに 我が身世にふる ながめせし間に>* 
 小野小町は、この歌を詠んだ時何歳だったのだろうと、考えることが度々ある。ち
なみに、生没年、伝未詳で、平安初期の女流歌人。 
「うんうん、分かる分かる。この歌好きなんだよねえ。」などとほざいてる私は、ま
だまだ分かっていないのか、多少は分かっているのか・・・よく分からない。 

 だけどね、小町女史に言いたい。 
桜の花は散りながら、少しずつ新しい色を着けて行く。 
いま、大岡川の桜は葉桜。ピンクと緑の色が交互に連なっている。 
<花の色は 移りながらにいくたびも 我がみどり輝き 諦めないもん>byあきたこ
まち (「幾」と「行く」と「生く」、「身+鳥」と「緑」が掛け詞)

*歌意<古今和歌集より/小倉百人一首の一つ>「桜の花の色は、早くもあせてし
まったことだなあ。なすこともなく、降り続く長雨に日を過ごしていたその間に・・
・。と同時に、私の容色も衰えてしまったな。虚しい恋の思いに明け暮れて、ぼんや
り物思いにふけっている間に」(「降る」と「経る」、「長雨」と「眺め」が掛け
詞)



このページについてのお問い合わせは次の宛先までお願いします。
www@hb-arts.co.jp