2000年(平成12年)2月20日号

No.99

銀座一丁目新聞

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茶説

プロがいなくなった

牧念人 悠々

 つくずくと思う。その道のプロがいなくなったと。京都小2殺害事件での京都府警の失態をみるにつけ、考えざるを得ない。プロとは、与えられた仕事をなしとげるものをいう。警察だけではない。各界にプロがすくなくなった。

 企業の場合もそうだが、常に最悪のシナリオを考えて対処しなくてはいけない。容疑者を捕まえる場合、人員を多くすればいいというものではない。心構えさへしっかしておれば、二人でも逃げられることはない。

 また、逃げる、自殺する、暴れることなどいろいろなことを想定して、あらかじめ対策を考えておれば万一にそなえることができる。漫然と出向いてはダメだ。

 相手から事情を聞くにしても場所をえらぶべきだし、その表情、態度をよくみておれば、逃げる気配がわかるはず。そしてそなえるのがプロというものだ。昔、警視庁には「お落しの名人」がいた。かたくなに犯行を否認する容疑者をその刑事が調べるとあっという間に自白させる。相手の心理をたくみについて、あるいは胸にぐさりとつきさす文句によって口を割らせるのである。3時間余も公園のベンチにすわらせて何もできなかったとは情けない。現場の指揮者は事態の推移を見て「本署連行」の決断は出来なかったのか。時には、独断、専攻も必要である。

 作戦要務令にいう「戦いの場では独断を必要とすることが多い。独断は服従に反するものではない。常に上司の意図を明察し、大局を判断して、状況の変化に応じ、目的をなしとげることができるよう一番よい方法を選んで、好機をつかまえなくてはならない」

 プロとは常に己の腕を磨き、想像豊かで、責任感が強く、果断な処置ができる人をいう。プロはいつの時代でも必要である。

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