2000年(平成12年)2月20日号

No.99

銀座一丁目新聞

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追悼録(14

 なき高瀬善夫さんの歌集「一冊」を友人からいただいた。

 高瀬さんは毎日新聞では学芸部記者が長く、いくつかの本を出版している。とりわけ岩波書店から出した「一路白頭ニ到ル‐留岡幸助の生涯」は好著である。歌集もすでに2冊ある。版画もこのんで描いた。昨年1月28日68歳でなくなった。

 シヤッターに/貼札のある/店いくつ/旧街道の/雨の日を行く

 高瀬さんが毎日の先輩の岡本博さんと埼玉で二人展を開いたことがある。その際、高瀬さんの版画を買い求めた。「海野宿うだつ」とあるその版画には街道筋の旧家の立派な瓦をもつ小屋根が描かれている。うだつは江戸時代装飾と防火かねていた。今私の書斎にかざられている。

 ものの味/わからなくなり/梅干と/銀シヤリとのみ/舌にのこれる

 「全調査」はサンデー毎日の造語である。昭和38年11月9日、東海道線鶴見の二重事故で161人の死者が出た。この時、岡本さんが編集長で160人の遺族を全員取材、そこには実に思いがけない人間ドラマがあった。「全調査」の名ずけ親が高瀬さんだった。

 一人ずつ/死者立ちあがり/振り返り/思いを呑みて/彼方へ失せぬ
 (「きけわだつみの声」ラスト)

 1998年12月18日に作であるから死ぬ42日前に読んだもの。映画「きけわだつみの声」のラストシーンを思い浮かべたのであろう。学業半ばにして戦場に赴き、不条理な死を遂げた学徒兵と死を待つ己とを見比べつつ、自分もまた思いをのみこめてこ世を去って行く・・・悟りを開いた禅僧をみる思いがする。学徒兵、木村久夫さん(京大、28歳,戦犯で刑死)は処刑前夜、風も凪ぎ/雨もやみたり/さわやかに/朝日をあびて/明日は出でなん(「きけわだつみの声」岩波文庫より)とうたっている。

 雪深き/北つ海辺の/諸国には/も一度見たき/夕日たまはる
 (1999年1月11日作)。

(柳 路夫)

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