クラシック音楽が好きで時折、コンサートに行く。CDも聞く。好きな曲の一つは、ベートーベンのバイオリン協奏曲ニ長調である。とりわけ第一楽章がいい。気持ちがたかまり、壮快な気分になる。ある時,車の中でこの曲のCDを聴きながら、ゴルフ場に行った。不思議なことに好調で、ゴルフ大会で優勝した。それでますます好きになった。
月刊「前進座」のコラム「まくあい」(12月1日)に、戦前、地下に潜行中の小林多喜二さんと弟のバイオリニストの三吾さんがこの曲を聴き涙を流した話がのっていた。
1932年(昭和7年)12月のことで、場所は日比谷公会堂。バイオリンはシゲテイ・ジョセフさん。指揮は近衛秀磨さん。
第一楽章はアレグロ・マ・ノン・トロッポである。音楽辞典によると、バイオリンの描く情熱的な歌は雄弁に,明快に、ときとして、綺羅の錦のごとく、繊
細優美を極め、目にとまらぬ急速調ガ飛躍すかと思えば,転じて入念な和声の妙趣を織ってゆくとある。
「まくあい」によると、そのすばらしさに三吾さんが隣をみると、兄の頬を涙が・・・とある。
多喜二さんは翌年2月20日築地署で拷問を受け惨殺された。31歳であった。「不在地主」、「蟹工船」の名作をつくった多喜二さんは演奏が終わると「ああ、よかった、よかった。さあ、仕事だ」といって先に立ち雑踏のなかに消えた。こ話をきくとこの曲への私の思いはまたちがったもになってくる。
たしかに第一楽章の最後のカデンツア(装飾樂句)はさらりとして心に染み込む。多喜二さんの感動の涙はもっと暗く、深いものであったであろう。(柳 路夫)