1998年(平成10年)10月10日(旬刊)

No.54

銀座一丁目新聞

 

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スーパーウオッチング(5)

麻根琴美

 最近、すぐにキレる子供、人とのコミュニケーションが上手くとれない子供が多いと、新聞、雑誌で取りあげられているのをよく見かける。

 スーパーで試食販売をしていて、子供に感じることがひとつある。それは、「今の子は大人をナメている。」

 ある日、飲料の試飲をしていた。そこにやって来た制服姿の男子高校生。見た目はいかにも今時の子という感じ。その子が何回も試飲しにやってくる。試食、試飲は味見のためのもの。原則として一回限りである。

 そこで、「ごめんなさい。試飲は一回だけなのよ。」とささやかな抵抗を試みると…。その高校生、思いっきり感情のこもっていない言い方で「お姉さんキレイだから、つい吸い寄せられちゃって…。」と全く悪びれる様子もない。

 私はオバさん。ヨイショならもうちょっと上手くやって欲しい。今の子供は傍若無人。本当にふてぶてしい。何故、こんな子供が増えたのだろうと考えてみた。

 推測される原因はひとつ。親から我慢をすることを躾られてはいないからではないだろうか? 今の親は叱って子供から嫌われるより、子供と仲良く友達感覚で過ごし、好かれたいという思いが強い気がする。

 お酒のツマミになるような珍味を販売していた時、3歳位の子供が試食したいとやってきた。「これは大人の食べ物で、ぼくには余りおいしくなんかないかもしれないよ。パパかママに食べてみていいか聞いてみて。」と彎曲に断ると…。

 すぐにその子は親を連れて来た。母親に「いかがいたします?お子様にはちょっと不向きなお味なんですけど。お菓子だったら良かったんですけど…。」と言うと、「いいんです。この子が食べたいと言ってるんですから、食べさせてください。」と母親がピシャリ。

 食べさせてみれば、やはり口に合うはずもなく、その場で吐き出してしまった。その姿を見ても親は子供に何も言わず、その場を黙って立ち去っていった。

 極端な例に思えるだろうが、似たようなことはしょっちゅうある。たいていの事が、自分の思い通りになったまま育てられた子供。我慢を知らなければ、キレてでも自分の思い通りにしようとするのは自然な成り行きなのかも…。

 米粒、ひと粒でも残せば、叱られた時代に育った子供の方が幸せかもしれない。もののありがたさ、感謝の心というのを知っているのだから。

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