2007年(平成19年)3月1号

No.352

銀座一丁目新聞

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茶説

愛国と特攻について思う

牧念人 悠々

 朝日新聞が『歴史と向き合う』第6部愛国心再考Aで『命を懸けた祖国とは』と題して「特攻」に焦点をあてて論じる(2月26日)。安倍晋三首相の著書「美しい国へ」に出てくる特攻隊員、鷲尾克己少尉(同書106頁)と戦没学徒兵の遺書集「きけわだつみのこえ」に出てくる特攻隊員、上原良司少尉(同書13頁、268頁)の二人を取り上げる。昭和20年5月11日午前6時5分同じ時刻に鷲尾少尉(23)は三式戦・飛燕に搭乗、他の二人の少尉とともに特攻機3機で「第55振武隊」として、上原少尉(22)も同じ戦闘機にのり、他の二人の少尉とともに特攻機3機で「第56振武隊」として、それぞれ沖縄へ特攻に出撃、戦死した。
 安倍首相は鷲尾さんの残した日記を一部を引用しながら特攻隊員の気持ちを代弁する。<死を目前にした瞬間、愛しい人のことを思いつつも、日本という国の悠久の歴史が続くことを願ったのである>そして戦後生まれ世代へこう問いかける。<たしかに自分のいのちは大切なものである。しかし、ときにはそれをなげうっても守るべき価値が存在するのだ。ということを考えたことがあるのだろうか>(朝日・「美しい国へ」107頁から108頁)
鷲尾少尉の日記を紹介する。
「如何にして死を飾らんか
 如何にして最も気高く最も美しく死せむか
 我が一日々々は死出の旅路の一里塚
 今日一日の怠りはそれだけ我が名を低める
 靖国の神となりわが戦友の
 十の指にははや余りにけり
 我はただ何をかすべき海の戦友の
 烈しき死をば死せりとはいふ
 はかなくも死せりと人の言わば言へ  
 我が真心の一筋の道
 今更に我が受けてきし数数の
 人の情けの思うかな」
(神坂次郎著「今日われ生きてあり」新潮文庫・165頁)
朝日の記事によれば昭和18年11月一高で学徒兵として出陣する119人のを送る壮行式があった。入隊者代表として文科一組の鷲尾さんは「迷いを抱いて戦場へ行きます」と挨拶した。さらに友人の大内千秋さん(83)と遅くまで語り合い国の進路を軍部に委ねた愚かさを嘆いた。鷲尾さんが言った。「こんな日本のために死んじゃいけない」。出撃前夜、陸軍報道班員高木俊朗さんを通じて鷲尾さんが大内さんに託した最後の言葉は「個と全との矛盾はわが心情中に解決し得たとは言いえず。靖国の奥殿にてさぞや恥しからむ」であった。朝日新聞は悩みつづけた鷲尾さんにとって、安倍首相が言う「命をなげうっても守るべき価値」とは自明のものではなかったと結論付ける。
 「命をなげうって守るべき価値」は存在すると私は思うが、死について悩むことと守るべき価値とは別のことではないか。「国のために死ぬ」事はそう簡単なことではない。士官候補生の私は戦時中「ぶざまな死に方だけはしたくない」と常に「死」を考えた。死が怖かったからである。結局与えられた任務を責任を持って果たせばよいというところに落着いた。「勇怯の差は小なり。されど責任感の差は大なり」という言葉を知って納得した。死を恐れてもよい。生きるか死ぬか迷ってもよい。責任を持って任務に当てればいいのである。戦争が起きた場合、日本の国は命をなげうって守るべき価値のあるものだ。他国の国民も国に殉じているではないか。
 特攻を命じた大西瀧治郎海軍中将は邪道と知りながら数百に及ぶ若者を死地に追いやった。昭和19年10月18日はじめて編成した26名の「神風隊」に大西は 第一艦隊司令長官として訓示した。「今日の危機を救える者は大将でも大臣でも軍令部総長でも自分のような長官でもない。諸君のような純真な気力溢れる若い人々だけだ。一億国民にかわってお願いする」。国が敗れようとする時、若者達が敢然として戦ったと後世の人が知れば日本民族は滅亡することはないというのが大西の信念であったという。
大西中将は敗戦の翌日自刃した。その遺書に曰く。「特攻の英霊に曰す。善く戦ひたり。深謝す。最後の勝利を信じつつ肉弾として散華競り。然れどもその信念は遂に達成し得ざるに至れり。吾死をもって旧部下の英霊とその遺族に謝せんとす。次に一般青壮年に告ぐ。我が死にして、軽挙は利敵行為のるを思ひ聖旨に副ひ奉り。自重忍苦するの誠ともなれば幸なり。隠忍するとも日本人たるの矜持を失うなかれ。諸氏は国の宝なり。平時に処し猶お克く特攻精神を堅持し、日本民族の福祉と世界人類の和平のため最善を尽くせ」
 大東亞戦争で特攻隊に参加した人員は2530人、飛行機は2367機に及ぶ(秋永芳郎著「海軍中将・大西瀧治郎」光人社NF文庫)。イタリアの哲学者ベネデット・クローチェの著書を愛読した上原少尉(慶応大学経済学部)は妹さんに「靖国神社に行かず天国に行くんだ」と話したというが、この上原さんを含めてこの人たちが守ったのは日本の国であった。日本の繁栄はこの人たちの犠牲の上にある。さかしらに特攻を論ずるなかれ。

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