2006年(平成18年)3月10日号

No.317

銀座一丁目新聞

上へ
茶説
追悼録
花ある風景
競馬徒然草
安全地帯
自省抄
北海道物語
お耳を拝借
いこいの広場
ファッションプラザ
山と私
銀座展望台(BLOG)
GINZA点描
銀座俳句道場
広告ニュース
バックナンバー

山と私

(26)
国分 リン

−世界の最高峰サガルマータが見えた・見えた!−
3

 10月13日(木)晴れドーレ(4,200m)〜マッチェルモ(4,450m)私を含め女性4人はナムチェ・バザールからそれぞれパーソナルポーターをお願いした。荷物を運び、私とOさんは共に写真を撮るため、二人でポーターのカミさんに重い中盤カメラと三脚をお願いしたので、途中写真を撮るときにも助手をしてくれる。
 道案内もするので列から離れて写真を撮っても良いと先生から許可がでた。ザックが背にないことは負担が軽くこれも高山に順応するのではと思う。
  朝5時に防寒を万全にして三脚とカメラを持ち先生に声をかけ、ゆっくりと丘へ登り周りの山々名もない5,000m,6000m峰が朝日に映えて輝く様を撮る。どんな風に撮れるかデジカメなら直ぐ見てもう一度があるが、出来上がるまでの楽しみもある。この風景は2度と見られない。とにかくがんばろう。6時に戻りモーニングティを頂き温まり、出発の準備をする。
 朝食はいつものおいしいお粥とトーストに目玉焼きとソーセージを梅干とお茶漬海苔で食べた。ふと周りを見ると調子が悪く男性Y氏は元気がない。岩崎先生と彼が話をして、結局夜に高山病が進行し、これ以上の高度は危険と判断され、ナムチェ・バザールまで高度を下げ皆を待つことになった。Yさんは昨年もネパールトレッキングをして、今回のゴーキョ・ピークは一番に申し込みをしていた。全員で目的地に登り、記念撮影がしたかったのに、残念でたまらず、思わず涙がこぼれた。別れる前に全員で記念撮影をした。私たちのポーター、カミがYさんに就き、私達も足並みが揃わないので各々ポーターをお願いした。ドーレを出発、丘を登り気分の良いルートを歩く。右側遥か下をドウード・コシ川が流れ、左は香木になる小さな樹木が連なり、春には黄色の花が一面に咲くことを聞く。ヒマラヤリンドウのブルーの固まりやホワイトの綿毛が一面にあり心を癒してくれる。
 見つけた。綿毛をつけた小さなエーデルワイスの始めてみる様子に声をあげた。前方にチョー・オユーの白い高嶺が少しずつ大きくなってくる。
 水平に距離を歩く感じでゆっくり休憩をとりながら歩き、左手にマッチェルモの岩峰群が大きく聳え立ちロッジの看板が見え少し坂を下ると私達のテントが見えた。午後1時マッチェルモ到着。ロッジのレストランには外人も高度順応のためか数パーティがゲームをし、読書をしていた。日が陰ると急に寒くなりゾッキュの糞が燃料のストーブのあるレストランへ皆集まり、暖を取る。この日の夕食は親子丼に水牛のハンバーグに味噌汁・青菜・マンゴーの缶詰も美味しく食した。

  10月14日(金)晴れ マッチェルモ(高所順応日)
  最後の高所順応日である。朝から日差しが強くテント場の横に流れる小川の上流に向かい散歩へ向かう。水晶の大きな原石に皆興味津々、光に反射してきれいである。デジーに似た500円玉位の丸い赤紫の花がすぐ地の上に咲いている。今までも水辺で何度か見ている。沢を渡渉して踏み後を歩き、青空の下で気分も爽快である。ここで暫く休憩する。水分補給をして好奇心からもう少し丘へ登りたいと数人でお願いしたらOKがでて30分登り周りを見渡した。違う角度で高嶺の白い連なりが見え感激した。お昼にテント場に戻りランチタイム、なんとスパゲッティに餅とコロッケにガーリックスープにソーセージで元気をつけようと岩崎先生の配慮である。とても美味しく完食。午後は明日のゴーキョへ向けゆっくりと休憩することになった。

  10月15日(火)晴れ マッチェルモ〜ゴーキョ(4750m)
 8時に出発、丘を登りいよいよ最終キャンプ地に向けルートを歩く。パンガという遊牧小屋の地域を通り、休憩を取りながら歩く。途中「これがブルーポピーの咲き残りです。」と教えられた。
 憧れの花である。花の時期にまた来たい。3時間ほど歩くと左が垂直の岩場で急な登りになり右側は深い谷である。慎重に登ると、赤い3mほどの橋があり、必ず一人ずつ渡るよう注意書きがある。
 この橋を渡り左折してさらに進むと右手に小さな湖(キョ)が現れた。
 入口にはタルチョが張られ、湖の周りにはケルンが多くあった。
 湖を渡る風はさすが冷たく休憩もそこそこに歩くと、2番目の湖に着き、水を手で触ると氷河からの水は思いっきり冷たかった。「前方左側に最終目的のゴーキョ・ピークが見えます。」と教えられた。
 茶色の小高い丘のように見えた。ここは4600m地点である。
 3番目の大きな氷河湖ドウード・ポカリに出た。ロッジの前の狭いスペースに私達のテントが見えた。カラフルなロッジが7軒あり本屋もあった。午後1時に着きランチタイムはお蕎麦・サンドイッチ・鰯・青菜を食した。仲間の女性Oさんが大分遅れてしまい、岩崎先生がサーダと相談して、たまたま来ていた馬を雇い迎えに戻った。Sさんも心配で歩いてきた道を戻る。動いてはいけないと先生のお達しなので、私とUさんはテント場の入口で暫く待っていた。3時に馬に乗ったOさんと先生とSさん・ポーターと馬方の姿が見えほっと安心した。Oさんは最後のチャンスなので、気力だけでピークへ登ろうとしている。アミノバイタルとプロポリス・ローヤルゼリーを服用しここまできた。「馬でピークへ行きます。」先生も了解した。
 彼女の気力には脱帽である。夕食はチラシ鮨と味噌汁に感激しながら食べた。「明日は3時起床でお粥を食べたら出発です。」先生の指示に皆も緊張する。いよいよ明日は最終目的地ゴーキョ・ピークである。

   10月16日(日)晴れ ゴーキョ〜ゴーキョピーク(5360m)
   緊張で3時に自分から目が覚めた。すぐヘッドランプをつけ準備をしてレストランでお粥を食べ月明かりの中出発した。先ず湖水の端を石の上を渡って登り始める。ヘッドランプの灯りで傾斜の急な坂を一気に上る感じでペースが今までになく速い。先生に何か魂胆があるのだろう。後から聞くと一気に行かないと登れなくなる人が出る可能性が多いからと教えられた。40分毎に2回休憩を取り、遅れる人は後ろのサーダたちに任せ,とにかく早いペースでひたすら登る。5時半過ぎた頃から周りが明るくなり、かなり高さになり周囲の景色も姿を表した頃、空が一面薄紫から次第に赤みを増し、いよいよ日の出を迎えようとしている。気持ちがはやるが、ふと前方を見るとマカルー(8463m)から一筋の光が走りご来光のショウタイムの始まり、6時16分である。早く頂上へと急ぎ歩くと「到着です。」と岩崎先生が迎えた。ゴーキョ・ピーク(5360m)へ6時30分であった。先生へ感謝の握手もそぞろに360度見渡した。
 まずサガルマータに目をやると太陽と一緒に輝き完全に逆光で眩しい。でも間近に見える姿は神々しく正に世界一の山である。
  改めて頂上の様子を見ると岩がごろごろして剣の頂上のスケールを大きくした様子である。大きな違いは大きな岩と岩をタルチョが結ばれて、風にはためく。Sさんがカトマンズで買ったタルチョを頂き、数本を皆で手分けして各々の願いを込めて結ぶ。先端の大きな岩によじ登り三脚で夢中でシャッターを押す。最大の目標のサガルマータは逆光でケラレで難しい。
 でもさすがヒマラヤの大展望台ゴーキョ・ピークである。
 北にチョー・オユーやギャチュンカンがチベットとの境に聳える。東にはサガルマータ、ローツェ、マカルー、プモリの揃い踏み、西側はマッチェルモ、レンジョパス、シジラウスなど、南にはチョラツェ、タウツェなど世界の8000m峰が4座も見られた。いくら見ても見飽きることはない。皆で集合写真を撮る。
 Iさん、Oさんが間に合わなかったのは残念である。このゴーキョ・ピーク(5360m)までの9日間の道程は、岩崎先生始めネパールのスタッフ達に支えられ、皆の助け合いにより、長いようで短かった。私もとうとうネパール病にかかり白き氷河の果ての夢を見るようになった。            完      
          
  (参考文献)
  ・スポニチ登山学校10周年記念エベレスト街道 ゴーキョ・ピーク(5360m)トレッキング(冊子=潟eィ・エッチ・アイ)
  ・小笠原 延光氏(旅行記録より 同行者 スポニチ3期生)

このページについてのお問い合わせは次の宛先までお願いします。(そのさい発行日記述をお忘れなく)
www@hb-arts.co.jp