2003年(平成15年)11月1日号

No.232

銀座一丁目新聞

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花ある風景(146)

並木 徹

夕陽は限りなく美しい

  母校大連二中(同窓会を光丘会という)は敗戦とともになくなった。そのとき一年生であった生徒達も70歳を越えた。会員は増えることなく減るばかりである。創立79周年東海大会を名古屋で開いた(10月25日・名鉄ニューグランドホテル)。6期生(89歳)から24期生まで107名(夫人同伴8名)が全国から参加した。
 中国・石家荘市に在住の20回生、張弁吉君は90年代には名古屋の各大学で中国語教育に尽くし、日中友好のために活躍された人である。<ああ誰か故郷を思わざる>が愛唱歌だという張君は今回は体調を崩して不参加であったが、お祝いの言葉を寄せた。『中国では「夕陽無限好」(夕陽は限りなく美しい)という言葉があります。夕陽は ソラを真っ赤に照らし、人生一杯蓄えてきたエネルギーを思う存分天空に撒き散らして、自分の存在と生き甲斐を世間に誇示して見せております。諸兄も限りなく美しい夕陽です。長生きして自分の余熱を思う存分発揮してください』
 牧内節男光丘会会長(17回)は『私達は戦後それぞれの分野で日本再建のためにそれなりの活躍と努力をしてきた。そのために今日の日本の繁栄があるのです。その繁栄にもいささか陰りが見えてきた。その原因は教育にあります。自由主義を強調するあまり無責任になり、羞恥心を失い、礼儀を忘れました。人生の先輩として語り継ぐべきはあとへ残してゆくべきである。語り部になって欲しい』と挨拶した。
 今年も新たな出会いがあった。本紙9月1日号「安全地帯」で紹介した三菱銀行事件の「捜査雑話」を書いた19回生の油谷精三君と初めて話をした。また論説委員時代、都庁に設置された36道路問題懇談会の委員となったが、当時、都民室にいて世話を焼いてくれた21回生の池田勤君と昔話に花を咲かせた。19回生の某君が意外な話をした。「宋美齢がなくなった(10月24日、ニューヨークの自宅・104歳)ので思い出しましたが、2中の先生で奥さんが美人で、宋美齢とあだ名された奥さんがいたはずですが、知りませんか」
 すぐ思い出した。私達17回生の3年までの担任であった太井芳雄先生(4回生・故人)の奥さんである。太井先生の住まいが私の通学路にあったので、朝、奥さんが先生に手を振りながら見送られる姿をよく拝見した。夫人は今なおご健在である。
 大連二中は来年創立80周年を迎えるに当たり、全国同窓会を解散する。どのような出会いと別れが待ち受けているのであろうか。

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