1999年(平成11年)11月10日号

No.90

銀座一丁目新聞

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茶説

田中絹代監督「恋文」が教えるもの

牧念人 悠々

 人間が一生で知る知識はごく僅かである。実は知らない事ばかりである。だから、人は貪欲に勉強するとともに常に謙虚であらねばならないと思っている。

 最近,田中絹代監督の「恋文」(1953年)をみる機会があった(111日,東京・シネセゾン渋谷で上映)。女優田中絹代の名声は知っていたが、映画監督としての実力を知らなかったというより、映画をみないでたいしたことはあるまいと思い込んでいた。得てしてこういうことが多い。

 この映画ををみて、自分の不明を恥じ入るばかりであった。構成もしっかりしており、見ごたえ十分であった。もちろん、名女優の監督就任はじめての仕事ということで周囲の人たちが盛り立てたということもあろう。女性心理を見事に描いた秀作となっている。

 ある年令以上の人なら,終戦間もないころ、東京・渋谷道玄坂に「恋文横丁」があったのをご存知であろう。新聞にもしばしば登場したし,丹羽文雄さんに同名の小説がある。

 GI相手の女たちが帰国した恋人に送る英文ラブレターの代書屋が、ここの路地にあったことからこの名前があるのだが、物語は「恋文横丁」を舞台に展開する。

 登場する俳優がすごい。二人とも故人となった森雅之と宇野重吉が海軍兵学校出身の代書屋に扮する。相手役が久我美子、当時22歳だったという。本屋の店員で香川京子も出演する。

 久我さんも香川さんも歴史のある毎日映画コンクールの「田中絹代賞」を受賞、いまなお女優活動をつづけている。映画ファンとして喜ばしい限りである。

 田中絹代生誕90年の今年、田中絹代監督の映画作品、「お吟さま」など残り5本もすべて機会があれば拝見、己の蒙を開きたいと思う。

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