1999年(平成11年)11月1日号

No.89

銀座一丁目新聞

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茶説

安易に「頑張って」と言うなかれ

牧念人 悠々

 かねがね「頑張って」という表現は文切り型で、心のこもらない言葉だと思っていた。何気なく新聞をみていたら、卵巣ガンの宣告を受けた52歳の主婦の投書が目についた(1024日付朝日新聞)。

 この主婦は訴える。「『頑張って』と言われるのが一番つらい。つい先日、ガンで死亡してしまった同室のKさんも同じことを言っていたのが心に残る」

 「頑張って」という言葉は誰しもが使う。私自身、気になっていた表現だが、ガン患者が、この言葉につらい思いをしているとは気がつかなかった。

 さらに、主婦はつづる。「闘病生活は決してマイナスだけではない。浮世から切り離されて、幸せを感じる一瞬だってあるもの」。

 「頑張る」を捨てて、はじめて得た境地である。立派というほかない。「今は、見えないものを見る目や耳(心)を持てる時を得たようなものだ」(同投書)というに至っては、ただ頭が下がる。

 筆者は、妻にガンにかかったら、正直にその旨を言ってくれと伝えてある。もちろん、ガンの宣告を受けたら、はじめはショックを受けると思う。体が許せば死期まで社会に役立つような仕事をひとつでもしたい。無益にすごす積もりはない。

 人間は弱いものである。しかし、心は持ちようである。常に己に何ができるか、今、何をすべきかと問うている人は、なんとか、それなりに死期を迎えることができるのではないだろうか。

 私たちが学ぶべきは、投書の主のような庶民の無名の人々の生きざまである。

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