2015年(平成27年)3月1日号

No.637

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茶説

こまつ座・野村萬斎の「藪原検校」を見る

 牧念人 悠々

  井上ひさし原作・栗山民也演出・野村野村萬斎主演・こまつ座の「薮原検校」を見る(2月25日・東京世田谷パブリックシアター)。2年8ヶ月前にも同じこの劇場で見ている。テーマは「人間の欲望と悪事」。お金が万事のこの世の中、身にしみるというより怖い話であった。「東北の片田舎に生まれた盲の少年が晴眼者に伍して生きてゆく武器は悪事しかない』・・・最後に為政者・松平定信が2代目藪原検校に下した「3段切りの断罪」。主人公の「来世は目明きに生まれてくるぜ。そうして、おっかさんの顔をしみじみと拝ませてもらわあ。」のセリフが心に残る。時に主人公・杉の市,行年28歳であった。

 お芝居はギター(千葉伸彦)と語り手役の盲太夫(山西惇)によって展開する。山形、岩手、青森、宮城には「座頭池」「琵琶ヶ淵」「盲池」「キンギョ池」(検校池)等と呼ばれる池、沼がある。その由来は座頭や琵琶法師が誤って転げ落ち溺れ死んだのにちなんでつけられたといわれている。実は村を訪れた座頭が芸をすると村人がお返しに御馳走をするが凶作や飢饉のときは出来ない。座頭達にとっては村の訪問は飯のタネ.薮原検校が生まれた宝暦10年(1760年)築舘地方に250人に及ぶ座頭がいて次から次へと村を訪問する。たまりかねた村人たちは座頭たちを沼や池に突き落としたという。こんな話も出る。津軽から3百余名の座頭達が来るというので秋田藩では大鉢流山を越え、須郷崎へさしかかる所に命綱を張り峠道の下りと見せかけて日本海へ落したと伝えられる。美しい名称にかなしい秘め事あり、命綱にからくりがある。

 後に2代目薮原検校となる杉の市(野村萬斎)は魚売り七兵衛(辻萬長)とその妻お志保(明星真由美)の子供、何の因果か盲で生まれた。子供の将来を考えてお志保は杉の市が5歳の時,琴の市(春海四方)に預ける。杉の市の根性が曲がりに曲がっていた。手くせが悪いし、師匠のカネをくすねて買い物はするし、13歳の時女の味を覚える。果ては師匠琴の市の女房お市(中越典子)と通じる。

 杉の市が琴の市と塩釜の網元で奥浄瑠璃を語る。杉の市の所作が抜群。見ていて楽しい。その浄瑠璃が無断だというので佐久間検校の結解(秘書・大鷹明良)ともめ、杉の市が結解を刺し殺す。さらには弾みで母親お志保を殺してしまうはめになる。杉の市と示し合わせて貯めた50両のおカネを持って江戸行きを夢見るお市は簪で亭主の琴の市を刺し殺すが逆に刺されて自分も死んでしまう。半日の間に4人も死ぬ。杉の市のセリフ『そのもとはみなこの俺だ。血なまぐさい手だ。けど悪くもねえ匂いだぜ。藪蚊がたかってくるはずだよ』。実はお市は死なず、杉の市を江戸まで追いかけ最後は杉の市の手にかかり死に果てる。すざまじいほど生への執着を見せる。

 50両を懐に杉の市は阿武隈川を船で渡り、松戸から矢切りの渡しに向かう途中、病気で倒れている老人に会う。懐を探るとぎっしり重い。治療するふりして刺し殺してお金と由緒ある短刀を奪う。杉の市ついに日本橋に立つ。日本のへそ、「日本橋 何里何里の 名づけ親」と言う川柳もある。下を流れるのは日本橋川。昔は毎朝、魚売りの船が3百数十隻、薪売り船が二百隻も出て、売り子の声が声高らかにに聞こえる。

 ちょっとしたきっかけから日本橋近くの上宿・長崎屋源右衛門型に泊まる。奪った短刀を近くの研ぎ師に出すと無銘ながらも「正宗」の名刀と分かる。その出所を聞かれたことから研ぎ師を殺す。この名刀が凶器となる。紹介する人があって塙保己市(辻萬長)とあい、問答を交わす。保己市が「晴眼者以上に品性を磨き、彼ら以上の仕事をするこれこそ盲人が晴眼者と対等の場に立つ唯一つの道」と言えば杉の市は「目明きと対で並ぶのは金です」と答える。

 やがて杉の市は仏の検校と言われる薮原検校の弟子となる。杉の市はここで鍼灸と平曲の他に貸金の取り立てで才覚を発揮する。平和的な「居催促」。何日もただじっと睨んでいるだけである。次が「泣き催促」泣きながら近所の人たちに盲人としての窮状を訴える。「強催促」など色々ある。おかげで薮原検校は江戸検校151人中筆頭株に納まった。豪勢な邸宅を立てる。庭は2千坪、山あり谷あり滝ありというありさま。やがて手下に大金を積んで薮原検校を殺させ、手下を自分で殺してしまう。

 2代目薮原検校を襲名する直前に悪事がすべて露見して捕まる。時の老中松平定信(大鷹明良)は保己市(辻萬長)に「人心が自ら倹約を求めてくるという上策はないか」と聞く。保己市が「浪費、怠惰、でたらめさ、悪辣さ、醜さ、汚らしさをすべて一身に合わせ持った人間を罰すれば良いのです」と提案する。

 その処分は三段斬りであった。杉の市は舞台中央で後手に縛りあげ高いところにつるしあげられる。第一刀で腰から下を切り離され、宙に残った頭と胴は平衡を失い頭が重いため半回転して胴が上になる。その瞬間を狙って第二刀で首を切り放された。ドット血が流出する。将に一罰百戒の刑であった。だがその血はなおも「生きたい」と言う杉の市の魂の象徴であった。それもしても人を殺すのは“生きんとする人間の業”だとすれば人間は怖い動物である。