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「鎮魂」8月15日「昭和万葉俳句百選」
牧念人 悠々
友人の小田暁君から「鎮魂」八月十五日―戦中派の諸兄姉に捧ぐーの小冊子をいただいた。前書きに『先日,書棚を整理していたら「終戦四〇周年記念 昭和万葉俳句百選」という新聞切抜き記事が出てきた。某製薬会社が発案募集したものである。全国、北は北海道から南は沖縄まで全都道府県から応募した作品が載っている。巻頭には「昭和20年8月15日、あなたはどこで、どういう思いで終戦」をむかえましたか」という問いかけである。句集を見て素人なりにそれは「侘び」「寂び」から始まった俳句の世界をはるかに超えた衝撃的な作品の連続に言い難い感動を受けた。単なる「俳句百選」ではなく「昭和万葉百選」というものであったからだ』とつづる。
さらに前書きを続ける。『今、改めてこの万葉俳句を読むと、投句者のその句の上にコメントされている状況の只中で、ひとりひとりの振り絞った万斛の思いが伝わってきて胸を突き上げられるものである。「体現者の実録の句」である。サイパンで自決したいたいけない十三歳の乙女・・・そのことを詠った母親はどのような思いで投稿したことか。何度読んでも滂沱たる涙を禁じ得ない。「秋天に終の拳銃撃ち尽くす」―この句は兵籍(注・陸士59期生・敗戦時、航空士官学校在学中・満州で操縦の訓練中であった)を置いたものとっては身につまされる思いである。(略) この「昭和万葉俳句」を残すことで後世の若者の心の奥底に響かすことを願う一方、何よりも国内外で戦陣に散り戦火に斃れた戦中派同世代の人々にこの句集を捧げ同じ思いに融合、昇華していくことを願うものである』と結ぶ。
ついで「昭和万葉俳句」100句を紹介する。小田君が前文の中で紹介した“サイパン自決した13歳の乙女”を読んだ句は「自決せし娘十三の青林檎」(八王子市南大沢 小野東子)である。私の心に響いた句をあげる。
「ながらへ兵に母在り月見草」茶木 博
「戦盲の兄帰り来て鳴子引く」佐藤耕児
「放てども戻りくる駄馬終戦日」江口国男
「夜光虫白骨の兵砂に伏し」新井開之助
「人間魚雷ただ鉄塊として灼けぬ」大熊輝一
「虫鳴いて俄に遠き祖国かな」高木雨露
「ためらいつもんぺぬぎたる涼しさや」高間浜子
さすが『百選』である。あげればきれない。
「望郷や北斗は低くヤシの上」新田吐夢
「ドックいま死の静けさや鰯雲」長尾荘太郎
「子の骸背に夏山彷徨ヘリ」小宮リンヨ
「敗戦の孤児とも知らず蜻蛉追う」細川信子
私は昭和28年8月15日、富士山麓の演習地で野営演習中、終戦の詔勅を聞いた。「炎天下慟哭自失敗戦日」悠々
なお小田君が某製薬会社とした会社の名称は「マルホ」(大阪)である。事業として「俳句」に力を入れている老舗である。
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