2012年(平成24年)9月10日号

No.550

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安全地帯(369)

信濃 太郎


米寿や高尾山頂蝉しぐれ


 数え年の米寿の祝いに高尾山(599m)にぼる(9月6日)。服装は半そでの軽装、手提げ袋におにぎり、お茶、傘(天気予用は午後から雨)、筆記道具を入れて自宅を出る。京王線の高尾山口に着いたのが午前9時53分。ケーブルの登山口駅を左に見て鋪装された登山道を行く。確か40年前に上った時にはもっと狭い小道だった。別の道かもしれない。今は車さえ通行が出来る。現に2台のワゴン車とすれ違った。どんどん後から来る若者たちに追い抜かれる。道のわきには「猿に餌をやらないでください」の注意書や山にいるアカゲラなどの鳥の名前を着た立札がある。それをゆっくりと見ながら足を進める。展望台に着いたのは午前10時58分であった。東京スカイツリーはかすんで見えなかった。展望図には横浜まで見えると記されてあった。蝉の鳴き声がしきりであった。

 「米寿や高尾山頂蝉しぐれ」悠々

 薬王院に向こう。「高尾山有喜寺」という。創建当初、薬師如来をご本尊とした事に由来する。現在は真言宗智山派の大本山として「成田山新勝寺」「川崎大師平間寺」「高尾山薬王院」が三大本山として知られる。薬王院には3組の幼稚園児が遠足に来ていた。一組は写真を撮るところであった。この近くには猿の動物園・野草園もある。ツアー客と思しき人たちもかなり見かけた。「下山したら御馳走を頂く」などと話していた。薬王院の裏側に「飯縄大権現」の社殿がある。周りに36の青銅製の童子の像が立ち並ぶ。その信仰の起こりにびっくりした。この夏、訪れた戸隠にある飯綱山、戸隠山一帯に淵源を発するというのだ。戸隠は修験道の歴史が古いと聞いていた。

 飯縄権現(いづなごんげん)を高尾山の鎮守としたのは沙門俊源である。1370年代の永和年間、高尾山に入山中,俊源が仮寝の夢に見た異様な形像の阿修羅明王の像を一人の異奇な人物が7日かけて作った。その像を山頂の一角の祠に安置したのが今の奥の院だという。

 「ほらの音山山つなぎ秋の風」悠々

 この辺りにはムササビ、テンなどの動物がいるらしい。来る道のわきの石碑に「星空にムササビ飛べり神の杉」(平冶)とあった。帰路は正午発のケーブルに乗る。駅員が親切にPASUMの使い方を教えて呉れる。料金は470円。京王線高尾山口駅で電車を待つ間、お握りを一ついただいた。発車は12時20分高幡不動行であった。いささかくたびれた。それでも歩いたせいか左肩のしころりがすっかりとれた。