2010年(平成22年)7月10日号

No.473

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追悼録(387)

井上ひさしさんのお別れの会


 作家、劇作家、井上ひさしさんのお別れの会に参列した(7月1日。東京會舘)。4月9日、75歳でなくなった井上さんの会には文壇、演劇界などから関係者1000余人が集まった。会場は立錐の余地もないほどであった。井上さんの人気がしのばれる。わたしは「こまつ座」の主宰井上麻耶さんがスポニチに在籍していたというので招かれた。ほとんどの人が知らない人ばかりであった。井上演劇の大のフアンであるし、そのお芝居のほとんどを見ていると自負しているので出席した。入り口に日本ペンクラブの事務局長、吉沢一成さんがいた。元サントリーの広報部長で、一緒にゴルフをした仲間でもあった。なんとなくほっとする。

 まず一分間の黙祷を捧げる。私は「あにおとと」の一場面を思い浮かべ「三度のご飯きちんと食べて火の用心,元気で生きようきっとね」を口で唱える。雑踏する会場で作家の渡辺淳一さんや澤地久枝さんと会った。渡辺さんとは久闊を述べただけで満足な話は出来なかった。聞きたいことがあった.現在、月刊「文芸春秋」に連載中の小説「天上紅蓮」は”嫉妬”をテーマにしたものかということであった。渡辺さんは前から「嫉妬」をテーマにしたものを書きたいといっていたからである。澤地さんとも久しぶりで「機会があったら井上さんの東京裁判をみなさい」と進められた。井上さんが庶民の視点から日本人の戦争責任を考えた「東京裁判3部作」である。見ようと思いながらついつい見過ごしてしまった作品である。己のぐうたらさを恥じ入るばかりである。毎日新聞の編集員、佐藤由紀さんは井上ひさしさんの「むさし」のニューヨーク公演を見に行くという。「むさし」の米国公演の反響を聞きたいものである。

 丸谷才一さんは弔辞の中で「井上文学」を次のように評価した。『文芸評論家平野謙は1930年代の日本の文学を「芸術派」と「私小説」と「プロレタリア文学」の三つに分けた。現代文学の潮流をこの三つの分野で展望すると、井上文学は明らかに「プロレタリア文学」である。当時よりははるかに上質なものである。彼の志は弱者の味方にあった。彼はいつも大衆の一員であり,一人の庶民だった』。

 また演出家の栗山民也さんはよく井上さんから『せりふを一字一句間違わずにしゃべってください』と注文をつけられたと思い出を弔辞の中で述べた。井上さんの言葉は含蓄があった。深い味がある。7月21日に新宿の紀伊国屋サザンシアーターで開かれる『黙阿弥オペラ』を見ることにしているので井上さんのつむいだ「セリフ」によく耳を傾けてみよう。

(柳 路夫)