2009年(平成21年)12月1日号

No.451

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花ある風景(366)

並木 徹

死も生も神のはからひ月冴ゆる  静子

 
 藍書房の小島弘子さんと、渡邊ゆきえさんから加藤静子さんの句集「老眼鏡」(2009年11月3日発行)が贈られてきた。6年前に出した加藤さんの句集「晩年」に「体がぞくぞくと震える句集に出会った」と感想を漏らしたのを覚えていてくれたからであろう。日ごろ万事に控えめの渡邊さんが「加藤さんに恋をしたのでしょう」と私をからかったものである(2003年8月1日号本誌「安全地帯」参照)。加藤さんとは面識はない。その句から清潔好きで優しい思いやりのある人と想像している。6年ぶりの彼女の俳句との再会である。今回も心のときめきを抑えかねた。
 句集の冒頭の句は「無為にして悔いなき日々や木瓜紅し」である。
 「木瓜紅し」とあるところをみると、お元気な上、ますます美しくなられたのであろう。何よりである。

 頼らるることの励みや凍ゆるむ

 人間は人からものを頼まれなくなったら終わりである。頼まれるうちが花。私は人からものを頼まれると何でも引き受ける。とりわけ女性の頼み事は優先する。1日1善するのは心の健康に良い。長生きの秘訣である。

 胸騒ぎ白木蓮のひらくとき

 白木蓮を選んだのは作者自身の気持ちを表す。純白で明るく美しい六弁の大きな花を開く木蓮・・・胸騒ぐ女心は秘めておく方がよいであろう。

 「人間の条件」束ね捨てられ春寒し

 古本は二束三文である。古本屋でさえ引き取らない。我が家の書棚には「人間の条件」は健在である。私は本を捨てるには忍びない。

 花に酔ひ夫とはぐれし化粧坂

 この句は取りようによっては怖い句である。女性は年配になると夫の面倒を見たくなくなる。三度の食事を作るのをさえ嫌うようになる。女性の深層心理の中に秘められている願望がちょっぴり顔をのぞかせたのではないか。

 おでん煮て二泊三日の旅に出る

 妻は外国旅行に出かける際、おでんとカレーを作る。留守中、亭主の負担を軽くするためである。日ごろのおさんどんから解放される喜びの表現でもある。作者も同じ心境であろうか。

 私の心に響いた句を列記する。
 ふらここを漕ぐや涙の乾くまで
 童のごとなられし人と花惜しむ
 哀しさは春夜も服を脱ぎてより
 片腕のなき海人よ沖縄忌
 あのことはとうに時効よ蛍とぶ
 信州にはらから集う良夜かな
 ひとつ家に居てそれぞれの秋灯

 姪の甘粕りり子さんが一文を寄せる。「日常からこぼれおちる微妙な感情が描かれている」「郷愁と言うほど枯れてはいなく、だれでも持っているけれど、そっとしまってある懐かしさすれすれの感情」と書き記す。伯母の性格を知る的確な表現である。
 「死も生も神のはからひ月冴ゆる」の句を観ると加藤さんは年と共に哲学的・思索的になってきたように思う。私など「生の延線上に死がある。やがて来るもの」と思っている。年と共に体の衰えを感じてそのうち来るだろうなという感覚がある。だが「怖い」という思いが抜けない。「冬の霧」の心境である。
 俳句の世界で加藤静子さんの句と遊ぶのは楽しい。6年ぶりにその作品を観てもっと精進しなければと励まされた。