花ある風景(336)
並木 徹
「おじいちゃんのような男になるぞ」
安田新一君は面白い男である。世話好きでもある。話題も豊富である。父親が杉並で魚屋さんをやっていたので、戦後もののない時代、同期生が何かにかこつけて彼の家へ押しかけ酒を飲んだらしい。卒業寸前、敗戦となった我々同期生の中で米軍と戦ったのは彼一人だけであろう。隊付きに行く直前だから昭和20年2月中旬の話である。神奈川県座間にあった陸軍士官学校はしばしば米軍機の空襲を受けた。そこで高台に重機関銃を備え付けた。2月のその日、グラマン戦闘機が陸士を空襲した。防空壕に退避したものもいるが防空隊員であった安田君は射手として待機、大山方面から低空でくる敵機に「射て」の区隊長の命令で重機関銃を無我夢中で射ちまくった。敵機は安田君の射つ弾を巧みに避けて逃げて行ったという。「3000人の同期生で米軍に弾を撃ったのは俺一人だけじゃ」と安田君が威張るわけである。
その安田君から過日、原稿を渡された。知人の南房総で「甚平民宿」と鮮魚店を幅広く営む川崎明男さん(70)の孫の話であった。川崎さんの孫で小学校4年生森龍人君の作文が朝日小学生新聞主催第2回「いつもありがとう」作文コンクール高学年の部で優秀賞を受賞したという。龍人君の家は祖父母、両親と妹、伯父が同居する大家族である。安田君は川崎さんとは彼が日大二高の事務長時代、生徒の臨海学校の土地探しの際に縁ができ、生い立ちの境遇や気風の良いところがよく似ているというので意気投合、日大二高を退職後も今なお交流を続けている。また龍人君の母親良子さんとも縁があって、彼が保証人で彼女はアパート住まいをしながら日大二高を経て国学院大学を出た。しかも神主の資格も取った頑張り屋である。
本題は龍人君の作文である。学校への出迎えをする祖父の気遣いに感謝することを記したものだが感動的な文章である。おじいさんの人間洞察が見事である。子供とは思えない。応募総数2万9942点。作文は「ぼくのじいちゃんは家族のみんなにせっかちと思われているけれどぼくはじいちゃんの本当のすがたを知っている」という前がきから始まる。見事に魚をさばくありさまや時間通りに行動するじいさんの様子をつづる。迎えに来るじいさんに帰りが遅くなるのを言い忘れたのに1時間も待っていてくれた話、「おう、ちょうど今来たところだ、お帰り」必ずそう言うけれど、きっと早くから待っていてくれたこと、ぼくには分かっているよ…というくだりは泣かせる。「こつこつしていて、きちんとして、約束を必ず守るじいちゃん似になりたいなあ」と結ぶ。
孫の龍人君も素晴らしいが、じいちゃんの明夫さんも素晴らしい。今どき孫から「おじいちゃんのような男になるぞ」といわれるおじいちゃんは少ない。私にも3人の孫がいるが同居していないので私の新聞記者時代の奮闘ぶりを知らない。羨ましいというほかない。
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