2008年(平成20年)4月1日号

No.391

銀座一丁目新聞

上へ
茶説
追悼録
花ある風景
競馬徒然草
安全地帯
いこいの広場
ファッションプラザ
山と私
銀座展望台(BLOG)
GINZA点描
銀座俳句道場
広告ニュース
バックナンバー

茶説

男は未来を語り明日への夢を持て

牧念人 悠々

  国会での道路特定財源問題にからんで、国土交通省の委託を受け制作、上演された劇団「ふるさときゃらばん」のミュージカル「みちぶしん」が批判された。批判されたのは使い道が限定されているのに「ミュージカルごときに使うとはけしからん」ということであった。私など直観的に「国が文化に・芸術にお金を出すのがなぜ悪いんだ」と反論したくなる。
 もう少し事情を説明する。このミュージカルを推進したのは国交省の中部・近畿両地方整備局で、2001年頃「未知普請」という道路整備啓発活動を始め、その活動の一つとしてミュージカル「みちぶしん」を取り上げた。費用は道路特定財源を主な原資とする「道路整備特別会計」からの支出である。その「未知普請」運動の全国大会が2003年8月29日名古屋市で開かれた。国交省の道路担当者が全国から集まり、その席上ミュージカルが上演された。その後各地で公演され好評であった。ミュージカルは二幕構成。三ヶ岳山麓に暮らす、縄文から現代までの人々の物語。縄文人たちは獲物を追い、木の実を採るため獣道を歩く。クマと男たちの立ち回り、クマ祭りのシーン。山の男は「海を見たい」一心で海の村へ、道なき道を旅する。やがて文明の夜明けを迎える。蒸気機関車の出現だ。その衝撃が「狐の大大将・玄蕃之丞の物語」によって描かれる。幻想的な照明と語り。合唱と神楽舞でつづられる世界はふるきゃらばんの独壇場。2幕は戦後の復興が始まる。97年開通の長野・岐阜県境の安房トンネルは活火山の下を掘りぬくという難工事の末に完成する。現代の人々は道路に対する関心が薄く多忙を極める市役所の土木課の職員に感心する。最後は自分たちの集落の峠の見晴らしを取り戻そうと草木を共同作業で切り取り、タマラン坂の道普請をする。昔の見晴らしを取り戻す。地域の交流が始まってゆく。このミュージカルの大きな魅力は作詞・石塚克彦、曲・寺本建雄のナンバーにある。「道は新しい時代をつくる」などは素晴らしい。公演を見た当時の近畿地方整備局長・谷口博昭さんは「お母さんと子供たちが喜んでくれたのがよかった」と感想を語っている。ふるさときゃらばんのミュージカルは劇場で、ホールでたくさんの観客と一緒に感動と笑いと涙をともにしなければその良さが分からない。かけた費用以上のプラスがある。単なる道路のPRという枠を超えて芸術作品となり、観客に勇気と生きる希望を与える。非難するのでなく、むしろふるさときゃらばんに着目した官僚の芸術センスを高く評価したい。いつも奥さんと一緒にふるさときゃらばんのミュージカルを見に来ているもとアサヒビールの会長、福地茂雄さん(現NHK会長)は「ふるさときゃらばんのミュージカルには企業ものであれ、家庭ものであれ、田園ものであれ、私たちが忘れていた『こころ』がある」といっている。このミュージカルを「無駄だ」といい、「支出が過大というのであればやめさ せます」という人がいるのであれば、このような人々は日本人の「心」を忘れている人である。
 「道普請」の第二作「カントリーチャレンジャー」は安政元年の南海地震による津波から村人を救った浜口梧陵の話である。浜口は自分の出身の村のためどんな大きな津波が襲ってこようがビクともしない堤防を作った。その工事に津波で職を失った人々に職を与え老人や子供にまでその労働に応じた日給を与えた。その費用の全額を江戸と銚子の醤油工場の生産と売上から出した。かってこのような日本人がいた。「道普請」第二作はこのことを感動的に伝える。今や日本人は目先のことばかりを考え、明日や未来を考えなくなってしまった。
 「今後このようなことを一切いたしません」という大臣がいるとしたら、日本の政治には希望も夢もないということになってしまう。

このページについてのお問い合わせは次の宛先までお願いします。(そのさい発行日記述をお忘れなく)
www@hb-arts.co.jp