毎日新聞の社長、平岡敏男さん(故人)は会社を新旧に分離して毎日新聞を再建されようとした年の新年の社報にゲーテの言葉を引用して社員を激励された。「財や名誉を失っても勇気を失ってはいけない。ゲーテはこんなことを言っている。『勇気を失うことーこれはすべてを失うことだ。それならいっそのこと、お前は、生まれなかった方がよかったのだ』」今でも鮮烈に覚えている。
平岡さんはゲーテが好きであった。「ゲーテは最も現世的であり、現実的であり、行動的であるからだ。活動だけが恐怖と心配を追い払うといったのはゲーテである。『何事も延期するな。汝の一生は不断の実行であれ』」(著書「焔の時灰の時」毎日新聞刊)
昨年7月21日新宿・紀伊国屋ホールで演劇集団『円』公演・橋詰功主演の「ファウスト」を見るに及んで岩波文庫の「ファウスト」第一部、第二部(相良守峯訳)を購入、目を通した。池内紀著「ゲーテさんこんばんは」(集英社文庫)を読んでお芝居の背景がある程度理解できた。第一部がゲーテ52歳の時に公刊、第二部は82歳の時に完成したことも知った。ともかく物知りには驚くほかない。平岡さんは芸術一般にも科学にも宗教にも深い見識を持っていたと書くが、何にも興味を持っていたようである。錬金術にも天文学にも骨相學にも鉱物など多岐にわたる。死後残された石はなんと1萬9千点に及ぶ。ゲーテは何にでも徹底的に極めようとした。池内さんの本によると、「ゲーテのとる方法は終世変わらなかった。その道の専門家、それも当代一とされる人物を招いて意見を聞く。判断を聞いてもゆだねっぱなしにはしない。自らもじっくり勉強して知識を深め、何度も足を運んで現場で確かめてのちに決定する」ゲーテの格言は彼の実行より生まれたといってよい。
ゲーテは1832年3月22日83歳で死去する。最後の言葉は有名な「もっと光りを!」だが、その10日ほど前に知人の孫に辞世の残している。「戸口を掃除しよう/すると町はきれいだ/宿題をちあんとしよう/するとすべて安心だ」(前掲「ゲーテさんこんばんは」)ゲーテはちゃんと宿題を書き終えて死んでいった。
ゲーテがモットーとしていたという4行詩がいい。私のこのみである。
「いかなるときにも
口論は禁物
バカと争うと
バカをみる」
(柳 路夫) |