2007年(平成19年)4月1号

No.355

銀座一丁目新聞

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花ある風景(271)

並木 徹

多摩森林科学園の櫻は満開であった

  恒例の高尾の観櫻会に出かける(4月7日・多摩森林科学園)。参加者18名(女性1人).昨年は26名(女性4名)であったのに今年は8名も参加者が少ない。多い年は40名を越えた。年毎に友の姿が見えないのは淋しい限りである。年齢も80歳を超えればやむをえないのかとも思う。
 元林野庁長官の秋山智英君の話では園内に昭和天皇をはじめ皇族が来園の際休まれた部屋が保存されている。一時その建物が取り壊しになりそうになったのを秋山君の奔走でとりやめになったという。その部屋をのぞくと、昭和天皇などの写真があった。いまの陛下が皇太子の時代の昭和22年4月4日、第1回愛林日植樹祭がこの地で行われ、ヒノキを植樹されておられる。昭和天皇が最後の来園されたのは昭和60年4月16日である。陛下は櫻をご覧になられ、「ここではずいぶん雑種ができるでしょうね」と述べられたという。生物学者らしい発言と関係者一同感心したという話が伝わっている。
 園長の案内で夫婦坂をみんな思いのままにのぼる。紅一点の植竹与志雄君夫人京子さんと歩く。寒かった昨年に比べて今年は「ソメイヨシノ」が満開。話はおのずと俳句になる。京子さんの「男恋ふ迫り出る花一枝」の句がなかなか出てこなくてもたもたしていると、彼女は「山桜百歩のぼればわれ消えむ」の句をあげる。10年程前になくなった長男を偲んだ作品。句集「歩行」によればこの句は平成11年の作である。独立した3人の子供に7人のお孫さんがいるという。純白の「白妙」に会う。亡くなった橋本閑朗君を思い出す。彼が死んだ年の観桜会は雨であった。「雨有情ありし友なく桜散る」と「白妙の雨に磨かれ花白し」と詠んだ。いつのまにか田中長君と二人になる。昨年秋、出した陸士予科23中隊1区隊史「留魂録」での編集で苦労した仲である。よしなしごとをしゃべりながら二次会場に向う。二人は入り口で櫻の絵ハガキ(10枚・500円)をそれぞれ買う。全国各地からの桜約250種類、1700本がある「サクラ保存林」である。珍しい名前の桜がいっぱいある。数年前に購入した「サクラ絵ハガキ」の一枚「思川櫻」を中年の女性に送ったら感謝されたのでまた買った。二次会で塩田章君にサクラ絵ハガキの効用を説いたら 「すばらしい」と私の顔を覗き込んだ。田村庄次君が10月10日、埼玉で開かれる全国大会でコーラスグループ「GO−Qブラザーズ」が「千の風になって」を歌うという。いま特訓を重ねているとか。年をとっても難曲に挑む姿勢がいい。鯨井優直君が第一勧銀の北九州支店長であったのを始めて知った。私が毎日新聞の西部本社に行くのといれ違いに東京へ転勤した為すれ違いになった。それでも人情の厚い小倉の話で花が咲く。18人でも花の輪は話の輪となり生きる力となるのを実感した。

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