2006年(平成18年)11月10日号

No.341

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安全地帯(161)

信濃 太郎

友人の「聖橋」の絵に感動あり

 成美会展(10月24日から10月29日・銀座「松島ギャラリー」)に友人渡邊瑞正君が出品するというので見に行った。会員の作品37点。同好の志の集りながら傑作揃いであった、なんと渡邊君の題材は「聖橋」であった。アーチ形の特長を巧に出しだし、背景に高層ビルが建つ構図であった。驚いたのは前夜、雑誌「ぺるそーな」(bQ1)で評論家松本健一さんの「はし」のことに関した講演の記録を読んだばかりであったからである。それによると、「はし」という言葉は漢字が入ってくる前からある言葉で、川の向こうからこちらを結ぶ、つまり結び合わさっていないものを結び合わせる、そういう時に「はし」という言葉を考えたというのである。
 聖橋は昭和2年7月に完成した。その名は北側にある「湯島聖堂」と南側にある「ニコライ堂」にちなんでいる。日本文化とロシア文化を結ぶ橋であった。昭和2年といえば、岩波文庫が創刊され「円本」ブームが起き、中村屋がカレーライスを始めている。東京で最初に出来た石橋は万世橋で明治6年11月1日である。昭和5年には隅田川の吾妻橋が、昭和15年には勝鬨橋がそれぞれ開通している。東京にはいい名前の橋が少なくない。
 「聖橋」は全長92.47m、幅22mである。この橋の南側で先輩と2度ほど待ち合わせをした。多分ゴルフの待ち合わせであったと思う。男と女の出会いならつながらないものを繋ぎ合わせるのが橋だから上手くいったであろう。まことに無粋な待ち合わせであった。
 渡辺君の「聖橋」はアーチを仰ぐように描かれている。神を感じた。松本さんは言う。「神社やお寺の前に川がなくても必ず橋をかける。人間の世界から神の世界に入っていくにしても、人間の世界から仏の世界に入っていくにしても、必ずつながらないものをつなぎ合わせるために橋を作る」。橋の向こう側には神がいる。神を感じたとしても不思議ではない。絵は奥行きがあり、躍動感が溢れている。円形の橋は友情を繋ぎ、和を以って尊しと訴えているようでもあった。

 「秋の声人待ち顔の聖橋」(悠々)

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