花ある風景(168)
並木 徹
耕して天に至る
さる日、知人から「耕して天に至る」は中国の誰の詩から引用されたものかと質問された。杜甫の詩などを見て、いろいろ調べたがわからなかった。毎日新聞で一緒に仕事をした早稲田大学教授、原剛君に聞くと「孫文の言葉でしょう」といっていた。山峡くだりをしていた孫文が山のいただきまで耕されている畑を見てそのように表現したという。
日本でこの棚田を広め、棚田学会まで立ち上げた人は劇団「ふるさときゃらばん」の脚本家・演出家の石塚克彦さんである。さきごろ石塚さんから「にっぽんの田棚」の話を聞く機会があった(5月27日・ふるきゃらくらぶ)。石塚さんの周りには良い人達がいっぱいるいて力を合わせ良い仕事に取り組んでいるのが判った。まず石塚さんの誘いに応じたのが写真家の英伸三さんであった。この人は日本の農村社会をとりつづけ、写真集にまとめている。「英さんは農村の写真をとっているくせに棚田の写真が一枚もないなんておかしいよ」という石塚さんの挑発に乗って英さんは数日後に福岡県と大分県との県境にある星野村に飛び、137段もある石垣の棚田を撮影した。この写真が棚田への関心を盛り上げるひとつのきっかけを作った。英さんは白黒写真を現像するとき美空ひばりの絶頂期の歌声を聞きながら作業をする。そうすると気分もリラックし神経もこまやかに張り詰めることができるそうだ。石塚さんもこの話には感心したらしい。英さんの素晴らしい写真の秘訣がわっかたという。ひばりは他の歌手たちが2、3度聞かなければ覚えられない歌を一度だけ聞いて歌えたというほど耳のいい天才歌手であった。応援団の民社党の羽田孜さん(元首相)に働きかけ農水省に棚田保全の政策を取らすようにしたり、森山真弓元法相の意見を聞いて棚田学会の初代会長に歴史学者の石井進さん(故人)を据えたりしている。
今年もまた8月10日から15日まで日本橋三越で「アジアの彦風景・棚田体験展」を開く。 |