2001年(平成13年)12月1日号

No.163

銀座一丁目新聞

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茶説

日本映画は映画館で見よう

牧念人 悠々

 市川崑監督、岸恵子主演の『かあちゃん』を見た(新宿・武蔵野館をはじめ東宝洋画系で上映中)。面白く、時には涙し、時には微笑んだ。終わって、あたりを見回したが、あまり観客は入ってなかった。こんなにいい映画なのにと思った。
 宣伝が足りないわけではない。新聞にも映画評は載ったし、TVにも岸恵子が出演し、映画のさわりも紹介された。
 時代が現代人のお好みにあわないのであろうか。いまから150年ほど前の天保末期である。不景気、失業、暗い事件が相次ぐ。現代世相とたいした変りはない。そう思ってみれば、違和感はない。ちょっと違うのは、庶民生活が今より、困窮を極めていた。天保4年から7年にかけて(1834−1837)全国的に飢饉が起き、多数の餓死者がでた。12年から14年には老中水野忠邦が幕政改革を行った。その方法が過激に過ぎたため、失敗に帰した。とばっちりを食ったのは庶民である。そんな中を『かあちゃん』は生きる。5人の子供を育てるおかつ(岸恵子〉は無類のお人よしだ。長男の友人の更生のために家族総出で貯金をする。その貯金を狙って泥棒に入った若者(原田龍二)さへ家族の一員にして生活する。子供たちは『かあちゃん』のいう事をすべて正しいと信じて聞く。みんな働き者である。人を信じて前向きに進む。こんな「かあちゃん」はいまはいない。それでも何故か温かいものを体に感じる。ほのぼのとする。
 原作者の山本周五郎自身がこの小説がすきだったという。山本さんは(本名、清水三十六)小学校を卒業すると、銀座木挽町にある質店に丁稚として住み込む。店の主人の名前は山本周五郎といった。およそ質屋の旦那らしくなく、ドイツ文学書を読み、小説を書く才人でもあった。三十六(さとむ)少年を正則英学校や大原簿記学校の夜学に通わせるなど援助を惜しまなかった。
 三十六さんの文壇出世作は『須磨寺付近』で、大正15年4月号の「文芸春秋」に発表された。23歳であった。この時、はじめて恩人であり、恩師であり、店主の山本周五郎を筆名とした。
 小学校4、5年生の時、担任の水野実先生から『君は小説家になれ』といわれた。小説家としての素質は十分すぎるものを持っていたようだ。『かあちゃん』に限らず、どの小説にも感ずる人間に対する何ともいえないやさしさ、温かさは天性のものであろうか。
 『今、こんな世の中。映画化するなら、今しかない』といった市川監督の言葉は痛いほどわかる。この映画の本当のよさは映画館でしか味わえない。

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