毎日新聞の記者時代、警視庁記者クラブ(七社会)で、賭け事の一切を勉強した。一年半の警察回りを経験して昭和25年1月から警視庁クラブ詰めとなった。キャップ以下8名で一週間に一度の宿直があった。常に事件待ちで、他の官庁クラブと違って本を読むような「学究的」な雰囲気はなかった。 暇があると、マージャンの場がたった。給料日、ボーナス期には宿直室のタタミの上で花札が開帳する。ともかく、高い授業料を払って賭け事を覚えた。何も知らなかった元士官候補生はこうして「大人」に成長した。
中でも、競馬を教えてくれたのは防犯部のある課長(故人)であった。金曜日に部屋に遊びに行くと、必ず、ノートを広げて熱心に調べものをしている。何か統計でもとっているのかと感心していた。
ある時、聞いてみた。すると、競馬の研究をしているという。出走する馬のタイムを過去から最近までのものを記入して比較考量する。たとえ、多少調子が悪くとも早いタイムを記録した馬を重視する。「競馬はタイム買いである」というのである。
試みに、土曜日にひとレース買ってみた。見事に的中した。連単の時代、かなりの配当があった。それからヤミつきになった。その後、タイム買いはあまりあたらなかった。その課長は「バクチはしょせんバクチ、ほどほどにしなさいよ。熱くならないことです」とも忠告してくれた。
このころ、警視庁の課長クラスには逸材がそろっていた。さまざまなことを折にふれて教えてくれた。いまでも感謝している。
バクチは射幸心をあおるというので、PTAのお母さん方から嫌われている。バクチで借金を重ね自制心を失う者は他の事でも悪の道にはまりこむものである。国の金で競走馬を買うなどはその典型的な例である。克己心のある者はほどほどにして賭け事を楽しむ。
賭け事は金がからむからモロにその人の人柄が出る。大阪社会部へ単身赴任したさい、よくマージャンをした。あまり社会部員の性格を知らなかったが、マージャンの強い部員を事件に投入した。
マージャンに強い男はカンも良く、度胸もあるからである。その通りであった。
いまはマージャンも競馬もほとんどやらない。誘われれば、遊ぶ程度である。
(柳 路夫) |