2001年(平成13年)6月1日号

No.145

銀座一丁目新聞

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お耳を拝借(14)

-ひとり旅

芹澤 かずこ

 

 ひとり旅に憧れていた時期があります。どんな小さな旅でもいい、
誰にも束縛されずに気ままな旅がしてみたい、と。
 遊びの味を知らぬまま結婚して、27歳で既に3人の子持ちになっていました。若さと体力でなんとか子育ては乗り切っていたものの、なにをするのにも子供が一緒の生活。たまに実家の母に子供を預け
て美容院や買い物に行くのがせいぜいでした。
 そんなある日、公園で子供を遊ばせていると、近くの社宅からスーツケースを下げて、颯爽とどこかへ出かけて行く女性を見かけました。情報通によると、ご主人は出張が多く留守がちで、しかも子
供のいない身軽さもあって、気ままなひとり旅によく出られるとのこと。
いいわねえ、いつになったらそんな身分になれるのかしら」
 ただただ、彼女を羨ましく見送っていました。
放って置かれるのを何より嫌う夫と、ひとりで外出しても家のことがどうしても気掛かりになる、損な性分が災いして、若き日のひとり旅の夢は叶いませんでした。
 けれども、子供が成長してから、夫の講演旅行の供をして、それこそ北は北海道から南は沖縄まで「これじゃまるで老夫婦の旅回りだ」と笑いながら随分と各地を巡りました。
 夫がホテルや会場にカンズメにされている間、私はその周辺を自由に歩き回って、束の間のひとり旅の気分を味わっていました。
 あの子育てから四半世紀、夫は他界し、3人の子供もそれぞれに所帯を持って、私は今、気ままなひとり暮らし。念願のひとり旅も意のままです。友人に勧められてJRのジパング友の会にも入り、京都へ転勤した次男の所へも紅葉見物に出かけて来ました。
 毎月、友の会から送られてくる旅の案内を見て、いいなぁと思いながらも、いつでも行けると思う気持ちと、この年での全くのひとり旅はなにか心細い気もして、誘われると何処にでも出掛けるのに、
ひとりではなかなか腰が上がりません。あれもしたい、これもしたいと、ないものねだりをしている時の方が、人間一番夢のある時なのかもしれません。



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